4話:治療薬士と転移者
ユリとシネラは、トリスティアに言伝てを頼み急いで冒険者ギルドに向かった。
「モニカ!アルバードはいる!?」
ギルドに入るなり、受付にいたモニカに大声で叫ぶ。
比較的暇な昼下がりのギルド内にユリの声はよく響いた。
「…ギルドマスターなら部屋に――」
「――なんだユリ嬢?そんな大声で俺を呼んで〜、デートのお誘いか?」
ユリの声が聞こえたらしくモニカの返事を遮り冗談を飛ばす。
「黙りなさい…カリナに言うわよ?」
冗談の代償はデカイようだ…
アルバードは「すみません!」と言いながら土下座をする。
それをモニカは呆れ顔で見ていた。
アルバードを冷めた目で見ているユリに、シネラが焦りながら急かす。
「ユリさん!時間が無いよ、早くしないと間に合わないかも知れない!」
「そうでしたね…アルバード!聞いてちょうだい……」
ユリとシネラは他の冒険者達がいるのもはばからず、アルバードに事の経緯を伝える……
「……治療薬士ギルドがか?…あいつらがそんな事をするとは思え無いんだが…」
「そうですね…メルーナさんはともかく、マサアキさんがいるので…有り得ないかと…」
アルバードとモニカは治療薬士ギルドの者達と面識があるようだ。
だが治療薬士ギルドへ大量に薬草と治療薬が売られているのを掴んでいるユリ達は引かない。
「間違いなく治療薬士ギルドが絡んでいます…グリーンベリオットを盗んだのも治療薬士ギルドのはずです」
「グリーンベリオットを扱うには特殊な知識がいるんでしょ?治療薬士以外出来ないよ!」
返答に困るアルバードとモニカ…
ユリ達は、なんとしてでも治療薬士ギルドに行くようだ。
アルバードは2人の視線に耐えかね…
「…わかった…とりあえず治療薬士ギルドに行こう…俺も一緒に行くから少し待っていてくれ…」
ユリ達の目線に折れたアルバードは自室へと向かう。
部屋に入るなり机の引きだしをあけて水晶でできたプレートを取り出す。
「治療薬士ギルド…」
プレートにむかい喋りかける。
「なに?」
プレートは通信器だ。
プレートからは年若い女性の声が聞こえた。
「悪いが、今からそっちに行く…」
「…いいよ、じゃっ…」
プツンッ!
一言しか喋らない女性は肯定して通信を切った。
「……相変わらずだな…」
アルバードはプレートをしまい席を立ち、受付で待つユリ達のもとへ戻る。
ユリ達は入口付近で待っていた。
「おう、待たせたな…そうだモニカ、公都にいる冒険者を何時でも集められるようにしといてくれ…」
アルバードはモニカへ指示を出す。
「すでに指示してあります…」
「…さすがだな、あと――」
「――カリナさんにも伝えてあります」
モニカは澄まし顔で淡々こたえる。
アルバードはニヤケながら、からかうように言う。
「ユリ嬢がいるからか?張りきっちゃって〜♪ガハハハッ!」
「なっ!?」
からかわれたモニカは顔を真っ赤にしてうつ向く。
「…アルバード…ふざけてないで、行きますよ?」
「いでででっ!」
ユリはアルバードの耳を引っ張りながら入口の扉を開ける。
その後ろをシネラがついて行く。
「アルバードさんてデリカシー無いよね…ユリさん、治療薬士ギルドはどこにあるの?」
場所を聞かれたユリはアルバードの耳を放し、耳を掴んでいた手を前へ向けて指を指した。
「そこですよ…」
「まん前!?」
「目の前だ!ガハハッ!」
治療薬士ギルドは、なんと冒険者ギルドの目の前にある建物で、歩いてたったの20歩で着いた。
「治療薬士ギルドのギルドマスターには話しは通してある…」
「では入りましょう。無駄な時間はありません」
3人は中へ入るなり目を疑う…
「…なんか暗いね…」
「いや、暗いってもんじゃねーな…」
「…いつもより、だいぶ人の気配が少ないですね…」
治療薬士ギルドの受付には誰もいない…
それどころか1階には人が居な無かった。
「…よこそ…」
「「「!?」」」
3人は声が聞こえた方を見る。
だが人の姿が無い…
辺りを見回す3人の後ろから同じ声がした。
「…うしろ」
声のとおりに3人は後ろ振り向くと、白銀の髪を持つ美しいエルフの女性が立っていた。
「メルーナ…脅かすな!普通に出てこい」
「…誰もいない…暇だったから…」
「「……」」
アルバードの注意にメルーナはジェスチャー付きで、暇潰しにやったと言う。
ユリとシネラは変わり者を観る様な目を向けている。
「はぁー、とりあえず要件を話す…ユリ嬢、説明を頼む…」
「…あっ…はい、治療薬士ギルドマスター様…ご説明します……」
その言葉にユリは我に返りアルバードに促されながら、メルーナにも先ほどアルバードに説明した事を話す。
「……となりますが…私達は治療薬士ギルドを疑っています。グリーンベリオットも盗んで何をするのですか?」
メルーナは一言も喋らず、ユリの話しを聞いていた…いや、聞き流していた。
「…わからない…」
「…はい?」
メルーナの言葉に聞き返すユリ…
「メル…知らない……全部…マサアキに任せてる……」
「何を…貴女はギルドマスターで!――」
「――まあまあ、落ち着けユリ嬢さんよ?」
今にも殴りかかりそうなユリをアルバードがなだめる。
「ギルマスのメルーナが知らないんだ、間違いなく治療薬士ギルドは白だ…」
「何を根拠に!」
ユリの怒りの矛先がアルバードに向かう。
「…根拠はある」
「どんな根拠ですか?」
苛立つユリにかわりシネラがアルバードにたずねた。
アルバードはメルーナを見たがら答える。
「今、治療薬士達は10日前から公城に出向している。それに伴い最低限の人員だけを残して治療薬士ギルドを運営している…はずだったが、ギルマスしか居ないのはどうかと思うぞメルーナ?」
「…昨日…容態、急変…マサアキ達、みんな連れてく…メル、留守番…」
メルーナは淡々と答える…
「なるほどな…」と呟くアルバードにユリが説明を求めた。
「容態とは、病気の人を治療しているのですか?アルバードは何か知っているのですね?…もしや拐った子供達が――」
「――違う違う!?容態が急変したのは子供達で間違いないが、拐われた子供ではない!今、治療薬士ギルドは公城で子供達の治療をしているのだ」
ユリの殺気にあてられて早口で弁解するアルバードは、メルーナの代わりに色々と話しだす。
「今、10名ほど病気の子供がいて、原因不明の病気を公都内の治療薬士と公城の調薬局が中心となり治療にあたっているんだ。
もちろんグリーンベリオットとも無関係だ…治療薬士は陰険な奴らが多いが、盗みを働く様なヤツはいない…だよな、メルーナ?」
「…そう…悪いこと…ダメ…」
アルバードに同意を求められ同意するメルーナは、ユリとシネラに向かい合いシネラの前にしゃがみ込む。
「…あなた…どこかで会った?」
「いっいえ!?初めて会いました…」
シネラは首を横に振る。
メルーナは「…そう…」と言って立ち上がりギルド入口へ向かう。
アルバードは慌てて止める。
「ままっ待て!…どこに行くんだ!?」
「…マサアキの所…」
メルーナは当たり前のように言い放ち、アルバードの手をするりと抜け出しギルドを出ていった。
アルバードとユリ達は呆然としている。
「……」
「……」
「…はっ!追わなくていいの!?」
シネラが先に再起動した。
「ユリ嬢!先に行け…」
「アルバードは来ないの!?」
ユリの問いにアルバードは苦虫を潰した様な表情をつくり言う。
「…戸締まりだ…」
「「あぁ〜…」」
その言葉に納得したユリとシネラは、メルーナの後を追ってギルドを出ていった。
戸締まりのため治療薬士ギルドに残ったアルバードは窓や裏口を確認して表の入口の扉を施錠する。
「…これでよし」
「アルバード!」
鍵を閉めたら後ろから声をかけられる。
振り向くと妻のカリナが立っていた。
「カリナか、早いな…」
「当たり前じゃない!緊急事態でしょ!」
元A級冒険者だけあって、完全武装で現れたカリナはことさら当たり前のように言う。
アルバードは苦笑いをするがその頼もしい姿に安堵し、真面目な表情になりカリナへ命じる。
「副ギルドマスターカリナに命じる、公都の冒険者を緊急召集!完全武装にて現在時から1刻後に中央広場に集合!」
「はっ!」
アルバードの命令にカリナは即座に動き、冒険者ギルドへ行った。
アルバードはカリナを見送り独り呟く。
「戦争になるな…」
そう呟きアルバードはユリ達が向かった方へ走りだす……
メルーナてユリ達は公城前で迎えの治療薬士ギルド職員を待っていた。
「…ユリさんは、公城に入ったことがあるの?」
待つ間柄はシネラが間を持たせる。
メルーナは必要以上に喋らず、ユリは冷静な顔をしているが少しだけイライラしている…
それでもシネラの話を聞くだけの冷静さは保っているようだ。
「10年ほど前に一度…ですね…」
「中ってどんな感じなの?」
「普通の城です…」
「きれい?」
「キレイです…」
「……」
「……」
ユリとの会話が続かない…
シネラはこの空気中を何とかして和らげようとしたが、力及ばず…沈黙が辺りを漂う。
シネラが「早く職員の人来て!」と心の中で叫ぶ…
するとシネラの叫びが届いたのか、こちらに走ってくる男性の姿が見えた。
「…マサアキ…」
メルーナが呟く、走ってくるダンディーな男性はマサアキという名前の人だ。
「メル!ギルドはどうした!?」
「……ぷい…」
3人の前に着くなりメルーナを怒るマサアキという男性。
メルーナは頬を膨らませながらそっぽを向く。
「治療薬士ギルドの戸締まりは、アルバードがしてます」
ユリがマサアキの疑問に答える。
マサアキはユリを見て、納得したように言う。
「爆雷の…そうか、なら大丈夫だな…そうならそうと言えメル!」
「マサアキ…すぐ怒る…メル…悪くない…」
メルーナはマサアキの態度にご立腹のようだ。
マサアキは諦めたようにユリに向き直る。
「まったく……で、爆雷が治療薬士ギルドになんの用だ?こちらは忙しいのだが…」
マサアキは少し苛つきながらユリに聞く。
ユリも初めて会うマサアキの態度が気に食わないのか、少し苛立ち睨みを効かせながら話す。
「お忙しいところ申し訳ございません。火急の要件があり治療薬士ギルドのギルドマスターにお会いしましたが、ギルドマスターのメルーナさんでは話にならず、こうしてわ・ざ・わ・ざ・公城へと訪ねる事になりました…あと、私のことを知っているご様子ですが、私は貴方を知りません…自己紹介ぐらいはした方がよろしいのでは?」
恐ろしいくらい喧嘩腰だ…
マサアキは蛇に睨まれた様な感覚をおぼえ、脂汗をにじませながら硬直する。
固まっているマサアキにユリは再度促す。
「…さあ、早く自己紹介を…」
マサアキは、凄んで言うユリの言葉にやっと口を開いた。
「あぁああ、あんたこそ先に言えよ!いっいくら俺があんたを知ってても、年下のああっあんたに命令される覚えはない!!」
「おぉー!」
ユリに対して足を震わせながら啖呵をきるマサアキに、シネラは「大したヤツだ」と思い感嘆の声をあげる。
その命知らずにユリが一歩近づき頭をわし掴む…
シネラは「あの人終わった…」と呟き合掌する。
「あぁ〜ああああああー!」
マサアキは泣き叫び人生の終わりが訪れ…なかった。
しかしユリの驚きの事実が判明する。
「私は貴方より年上です…」
「えぇっ!?」
「ああ!……はあ!?」
「…メル…年上…」
シネラはユリを見上げながら驚き、マサアキは叫びを止め、メルーナは自分の方が年上だと自己主張する。
エルフなのだから当たり前だ…
そんな3人にユリはマサアキ頭から手を退けて、全身を見回しながら続ける。
「私は54才です…貴方は〜…せいぜい40才前後くらいでしょう…」
「…あぁ…先月で39だが…54は嘘だろ…どう見ても20代だ…」
「…54…」
「…メルの勝ち」
マサアキはユリの外見と年齢差に狼狽え、後ろにいるメルーナは勝ち誇った顔をしている。
シネラはまだ驚いた顔でユリを見ていた。
「どうぞ…」
ユリは冒険者証を取りだしマサアキに見せる。
シネラもユリの冒険者証をちゃんと見たことが無いので、背伸びをしながら除き込む。
「…マジかよ…」
「…ほっ本当に54才…」
「わかっていただけましたか?」
マサアキは首を縦にブンブンと振り、同じくシネラも首を振る。
ユリは「シネラちゃんはいいのよ?」と頭を撫でながら言う。
「そっ、それならば俺が自己紹介をするのが礼儀だな…俺はマサアキ・クロダ、治療薬士ギルドの副ギルドマスターでS級治療薬士だ」
「クロダ?」
シネラが「クロダ」という名字に興味を示す。
「ん?…あぁ、クロダってのは――」
「――『日本人…』」
「「!?」」
ユリがマサアキの言葉に自分の被せる。
マサアキはユリの発言に驚きの表情を浮かべ、シネラも耳を立ててユリを見る。
マサアキは警戒しながらユリにとう。
「何故…『日本人』という言葉を知っている!?」
「『貴女は転移者ですか?』」
「『……爆雷も転移者なのか?』」
「…初めて…聞く言葉…」
メルーナは、途中からやり取りをされる日本語に興味がわいたようだ。
だがシネラは、自分も話せるはずなのにその言葉が聞き取れない…
ユリとマサアキの日本語での会話は続く。
「『……何時からラトゥールに?』」
「『12年だ…爆雷は?』」
「『同じね、貴方もノルン様?』」
「『そうだ、お互い大変だな…』」
「『そうね……?』」
日本語を話しているのはわかるが、何故か会話の内容を理解出来ないシネラは、自分が喋れない事にやきもきしてユリの袖口を引っ張る。
「どうしたのシネラちゃん?」
むすっとしたシネラに気づいたユリが訊ねる。
シネラは日本語を理解出来ない事に泣きそうになりながらユリに言う。
「…日本語…わかんない…」
「ごめんなさい、大した事は話してないから…マサアキさんもラトゥールの言葉に戻してもらえるかしら?」
「承知した」
ユリはシネラが知らない言葉で会話をしていたため不安になったと思ったようだ…
「…爆雷なら信用出来るな…とりあえず話しは中でしよう…ここだと目立つ」
マサアキはユリにそう告げ公城に足を向ける。
ユリはマサアキの方を掴み低い声で言う。
「ユリさん…でしょ?」
過去の黒歴史を彷彿させる呼び名を嫌うユリは、マサアキに呼び方を正す。
マサアキも先ほどやり取りを思いだし、直ぐに訂正した。
「…ユリさん…」
「よろしい…では行きましょう」
ユリは満足してシネラの手を引き公城内へと進んでいく。
その後をマサアキと日本語に興味津々のメルーナが「…話せ…さっきの…」とマサアキの方を揺すりながらついてくる。
ユリに手を引かれて歩くシネラは、何故日本語が解らないのかを考えながら歩いていた。
その様子を不安そうに見つめるユリはシネラの心の不安を取り除こうと話しかける。
「シネラちゃん…私は違う世界から来ました…ですが、今はラトゥールで暮らす1人の人間であり…ユリという名のシネラちゃんの仲間です…」
シネラは泣き顔のままユリの顔を見る…
ユリはシネラの涙を拭い優しく微笑む。
「私はシネラちゃんの仲間だから消えたりしないし、何時でもシネラちゃんを守るわ。だから泣かないで…」
「…うん…」
そう言いユリはシネラを抱き上げる。
シネラは「悔し涙なんだけどなぁ」と思いつつも、心配してくれたユリに応えるべく頷いた。




