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2話:グリーンベリオット

冒険者ギルド前でたたずむ2人の少女達、頭には大きなたんこぶを作り目には涙を浮かばせながら途方に暮れている。


「…まだ痛いです〜」


頭を擦りながら呟くマリア。


「……ユリさん達…何処に行ったんだろ…」


同じく頭を撫でながらユリ達の行方を知らないタマ(マリ)が呟く。

2人は先ほど、モニカに説教をくらい今やっと解放されたばかりだ。


「とりあえずさ、バルなんちゃら男爵?って所に行こうか」

「…そうですー!バルなんとか男爵家に行くですー!」


バカ2人は今朝ユリが話していた依頼内容をまともに聞いていない…

冒険者になって10日ぐらいの新米冒険者に気転という物は存在感しない。

おつむの弱い2人はモニカに依頼内容を聞けばいいものを、バルなんとか男爵の家を自分達で探しはじめた。


「すみませんですー、バルなんとか男爵のお家はどこですかです〜」


「ねえ、バルなんちゃら男爵の家ってどっち?」


手分けして通行人に男爵の邸を聞く、何人かに聞くと男爵は有名らしくすぐに場所がわかった。


「バルザラス男爵のお家はここです〜」

「バルザラス男爵って公都の調薬局?の局長だってさぁ…偉いのかな?」


バルザラス男爵家は代々「魔法士」や「治療薬士」「治療魔法士」と地球では「医者」「薬剤師」と言った人物を長年輩出している名門、コリアノール侯爵家の三男が婿入りして跡を継いだ、公都でも長い歴史を持つ男爵家だそうだ。

コリアノール侯爵は公都一帯で活動する魔法士・治療士等を束ねる元締め「公都軍魔法師団長」と公都内政を支える「公都財務相」を兼任している。

その三男、マギルス・レイス・バルザラス男爵は「治療薬士」としての才が飛び抜けおり、数年前に調薬局の局長へと父親で侯爵のゼトラウデ・レイ・コリアノールの推挙により抜擢された逸材なのだ…

そんな事は知らない2人は邸の入口で門番の兵士に事の経緯を伝える。


「…私共にはそういった依頼があるとは聞いておりません…お引き取りを…」

「いいから、中へ入れてよ!依頼はあるの!」


依頼など知らないと言われても引き下がらないタマ、マリアは奥の手を使う…ポーチから自分の市民証を出して兵士に見せる。


「ローレス・メイ・スティフォール伯爵の娘、マリア・スティフォールです…お目通り願えますか?」


いきなり出された市民証を兵士はまじまじ見る…

貴族の場合は中央に国王の私印があり、一般市民の市民証には無い。

マリアの市民証には私印が押されており、兵士が丸い玉をかざすと玉が光る。


「…まっ…間違いない!?……しょっ少々お待ちください!」


門番の兵士は全速力で邸へ向かって走っていく。

残されたもう1人の兵士は、ガクガク震えながら市民証をマリアに返し元の立ち位置へ戻りブツブツ何かを呟き始めた。

兵士達が慌てたのは貴族社会特有の常識があり、上級者の来客にはそれなりの対応をするのが習わしなのだ。

ましてや、男爵家に伯爵が訪ねて来るとなると急な事でも即対応しなければならない…それがご子息ご令嬢でもだ。


「…マリアって…ちゃんと話せるんだぁ〜」

「当たり前です〜!ユリにビシバシ教えられたです〜……」


「…さすがユリさんだね…」


遠い目をするマリアに、タマはビシバシの意味を察して同じく遠い目をする。

2人して公都の空に浮かぶ雲を眺めていると、先ほど邸へ向かった兵士とものすごいドレスを着飾った女性が息を切らせて門までやって来た。


「もももっ申し訳ありませんマリアお嬢様!」


女性は、着いた早々マリアに頭を下げ謝罪する。

身分がわかれば邸へと招かなければならない、伯爵家ご令嬢ならなおさらだ、待たせる事は男爵位の貴族ならどうなるのかわかりきっている…


「すすすっすぐに、しゅしゅ主人も邸に…もも戻ります……なな何卒ごご容赦を……」


男爵夫人はもう泣きそうだ……兵士達も青ざめた顔をしている。

マリアとタマは勝手に間違えてやって来たのに、男爵夫人と兵士達は不憫でならない……

そんな事とは知らないマリア達は、何故そこまで怯えているのか解らず困ってしまう。

タマがマリアに「マリアのせいだろ?なんとかしてよ!」と小声で言い。

マリアは「私です〜!?何もしてないです〜!」と無罪を主張するがらちが明かず、マリアが男爵夫人へ言葉をかける。


「男爵夫人は悪くないです〜、とりあえず中でお話しをするです〜」


マリアの言葉に男爵夫人は安堵表情を浮かべ、兵士達は「終わった…」「これで……」と呟いて死んだ魚の様な目になり生気が無くなった。


「でっでは、ご一緒に邸へ……衛兵!処分は追って伝えます……」


男爵夫人の言葉に灰とかす兵士達をよそに、マリア達は邸へむかう。




「すごっ……貴族の家ってこんなに豪華なの?」


応接間に通されたマリアとタマは男爵夫人のもてなしを受けている。

タマは落ち着きなく部屋を見てまわる。

マリアは自分の邸よりも小さいくグレードも落ちる物には興味はない様子だ。


「それで〜依頼の件とは……」


男爵夫人のテトリーナがマリアへ質問する。

いまだに腰の低いしゃべり方をするが、マリアは気にすることなく話す。


「依頼は行方不明の子供を探す事です〜。男爵家から私達「白猫の守護者」に直接依頼が来たです〜」


「……やはり、わたくしは存じ上げません…主人をお待ちしてからになると思います。申し訳ごさいません…」


テトリーナ夫人は再度頭を下げる。

マリアも頷きその言葉は受け入れる。


「大丈夫です〜バルザラス男爵が来るまでお菓子をいただくです〜♪」

「マリア!?私の分も食べるなよ!」


お菓子を食べ進めるマリアは、タマの分まで手にかける。

それに気づいたタマが跳んできてマリアとの喧嘩に発展した。


「あ…あの〜まだありますので…よろしければ、お代わりを…」


テトリーナ夫人の声に2人は反応して手を止める。


「「いただきます(です〜)!!」」


2人の息の合った言葉に苦笑いをするテトリーナ夫人は使用人に命令してお菓子を手配する。

門での失態をお菓子で帳消しには出来ないが、機嫌を直してもらえるなら安いものだ…

テトリーナ夫人は「「お菓子♪お菓子♪」」と歌う2人を観ながら、早く主人が来るのを祈った。





ユリはシネラと合流するためバルボネ男爵家に戻って来ていた。


「トリスティア、マルスとティーナは病気だったと?」


トリスティアに他貴族から集めた情報を質問する。


「い…いえ、風邪を引いた事はありますが…病気は無かったと思います…」


トリスティアは今までの記憶を思い出すが、病気は無いと言う。

ユリは眉間にシワを寄せて険しい表情になる。


「あの…マルスとティーナが病気に?…何の関係が…」


病気という言葉に不安を隠せないトリスティアはユリに聞く。

ユリは某貴族から聞いた噂を話す。


「どこかの貴族の兄妹達が何らかの病気にかかり、魔法薬士が懸命に治療をしていると数名の貴族から聞きました……病名まではわかりませんが、魔法薬士が関わっている可能があります。何か知りませんか?」


トリスティアはユリの話しに心当たりが無い…だが何かを思い出したようだ。


「…主人がこの前「公都内で薬草や治療薬が高騰している、騎士団の遠征費がかさんで困る…」と言ってました…」


「なるほど…たぶん誰かがそれを買い占め需要が間に合わず高騰しているのでしょう……」


トリスティアが思い出したことにユリは何か引っ掛かりを感じる……


薬草は毎日のように冒険者や生産者が納めているので、需要が追いつかない事は無い戦争中は別だが…

治療薬も治療薬士ギルドが一定数を作るように公都行政から指示が有るはずだ。

それらが高騰するとなると、莫大な資金と公都行政内でのコネが無い限り買い占めなど出来ない。

それと、貴族の兄妹の病気を治療をしているという治療薬士の情報…

ユリは繋がりがあるかも知れないと思う。


そう思考していると、シネラが息を切らせて戻ってきた。


「はぁ…はぁ……ユリさん、商人の人から…はぁはぁ……公都内の買い占めで――」


シネラは商人や商会を回り情報を集めいた。

情報網を張り巡らす商人達は貴族社会顔負けの情報量を誇る。

商人達は情報と信用が命だ…そこらの他人に情報を教える者などいないので、シネラが子供に成りきり色々と聞いてもらったのだ。


「――やはりそうですか…私も買い占めの件は聞きました。さすがシネラ――」

「――グリーンベリオット!!」


同じ情報を集めたシネラを褒めようとしたユリにシネラが言葉を遮る。

シネラは口に出した物に聞いた2人は絶句した。


「グ…グリーンベリ……」

「シネラちゃん、グリーンベリオットがどうしたの!!」


トリスティアもユリも知っている、グリーンベリオットという物を…

シネラは息を正し商人から聞いた情報を話した。


「公都内のグリーンベリオットが、全て何者かに盗まれたって商人の人が!……」





……公都中央広場の換金商は暇をもて余していた。


「今日も暇だな〜、大体公都で換金するヤツなんていないかぁ…」


ひとりで愚痴りながら辺りを見渡すが換金商は自分ひとりだけ、正しく場違いである。

そんな所に1人の幼女が現れる。


「色んな硬貨がある〜♪見てもいい!」


猫人族の子供だろか珍しげに硬貨を眺める。

換金商は冷やかしなら帰って欲しいと少し思うがどう見ても暇だ…

可愛い子供をじゃけに扱うのも可愛そうなのでいい暇潰しと思い相手をする。


「お嬢ちゃん、インデステリア王国以外の硬貨は初めてかい?」


「うん!この硬貨でしょ!」


幼女はインデステリア王国周辺で使える銀貨を手に取り換金商に見せる。


「そうだねぇ、じゃぁこの硬貨はどこか解るかな?」


換金商は黒い菱形の硬貨を幼女に手渡して聞いてくる。


「う〜ん…わかりません!」


幼女は初めて見る硬貨に少しも解らず潔い返事をする。


「それは神聖ミナルディ皇国の通貨で黒聖貨という物だよ。

他にも白聖貨と紫聖貨、

ゼルマラガ魔王国の赤円貨と緑円貨もあるよ♪」


換金商は幼女の手にポンポン硬貨を乗せていく。

幼女は目を輝かせて色々な硬貨を触り感触や重さを確かめている。


「あっ!そうだ、良いものを見せてあげよう!」


「…良いもの〜?」


幼女はこてんと首を傾げる。

換金商は幼女の手のひらほどの大きく真っ赤な硬貨を足元の木箱から出した。


「これは竜の鱗から作られた硬貨でその名もレッドベリオット!どうだすごいだろ〜…ほれ、持ってみな♪」


「ほわー、きれー……」


換金商からレッドベリオットを持たされた幼女は、その美しさに目を奪われ食い入るように見る。

換金商は気に入ってくれたとばかりにうんちくを話し始める。



「しかもその硬貨には竜の特性も持っていて、レッドベリオットは赤竜種から作られるから大抵の火傷を治す薬や熱を遮断する防具に使われているんだ。

まぁ数多くいる竜種だから硬貨になってもせいぜい銀貨10枚ってとこだな、安くもなく高くもないけどな!」


「じゃぁ、高いのもあるの?」


幼女はレッドベリオットを返しながら質問をする。

暇をもて余した換金商は、自分の話しに食いついてくれる人に出会えたと喜び、客でもない幼女にすんなり教える。


「ああ、あるとも!1番高いのはホワイトベリオットで白竜種の鱗だ。

まず白竜種に出会うことが無いのと、その性質は全てを浄化する事だ…

もし1枚でも出回れば金貨1000枚以上…いや1万枚以上の価値がある。

幻というより伝説級な代物だから俺も見たことが無い…」


「へぇ〜!なら今あるもので高いのは!?」


幼女は目をキラキラさせながら期待の眼差しを向ける、その高い現物を換金商が持っていると思っているようだ。

換金商は少し申し訳なさそうに言葉をきりだす。


「…すまないなぁ、2日前までは有ったんだが…全部盗まれてしまったんだよ……」


「えっ!?盗まれたの!泥棒さんに?」


幼女は心配そうに換金商に訪ねる。


「あぁ……グリーンベリオットって言ってな、緑竜種から取れるんだが…俺が持ってた緑竜種の鱗は結構特別で、性質が他と違うヤツなんだよ……」


「いくらぐらい取られたの?」


「損害額はグリーンベリオット4枚で金貨800枚さ…王都からわざわざ持って来てこの様さ…噂を信じた俺がバカだったのさ……」


項垂れる換金商、可愛そうだが幼女には何も出来ない…

出来ることが有るのであれば、愚痴を聞いてやる事だけだ。


「噂って、物価が高騰してること?」


換金商は頷く。


「そうだ…よく知ってるなお嬢ちゃん?

物価が高騰するとお金がいつも以上に動く、そこに目をつけて遠路はるばるありったけの硬貨を持って公都にやって来たら高騰してるのは薬草ばかり…ほかの物は王都より安い、これじゃあ換金商も必要ねぇよ……」


最後はやけくそ気味にいい放ち天を仰ぐ換金商に、幼女は慰めでも激を飛ばすでも無くグリーンベリオットは何なのかを聞く。


「その特別なグリーンベリオットの性質ってなぁに?」


「…んぁ?言ってなかったか……グリーンベリオットは麻痺や毒を治す薬になるし、その逆で麻痺や毒を付与することも出来る。

俺が持ってたグリーンベリオットはそれの他に幻覚や混乱、睡眠と魔力異常を治す薬にもなれば、もたらす事もできる…

使い方さえ間違わなければ、市場に出回っているベリオットのなかで最高級の硬貨で薬だな……まぁもう無いけど!」


盗まれた物はしょうがないとばかりに開き直る。


「…健康な人に使うとどうなるの?」


幼女は恐る恐る聞いてみる。


「そいつが健康なら、薬飲んだ時点で廃人だな……死にはしないが、生きてる事さえわからずって感じになるだろうなぁ〜」


換金商の言葉に悪寒が走る。

邸でトリスティアの言っていた貴族達のしがらみ…

数人前に某貴族の兄妹の話しと治療薬士の事…

1つ前の商会の買い占めの件…

そして換金商の盗まれたグリーンベリオット…

何かが繋がった。

幼女は換金商に御礼もせずに走り出した。


「お嬢ちゃん!?……お使い途中だったか?」


換金商は検討違いの事を言って硬貨達をしまう。

もう公都に用は無い…ふと木箱に硬貨をしまっていると一番下に緑色の硬貨がある。


「…商人は嘘をつかない…か、1枚あったから盗まれたグリーンベリオットは3枚かぁ……よく探しておけば見せてあげられたな……」


換金商は幼女が去った方を見つめて申し訳なさそうにうつむいた。




ユリとトリスティアはシネラ説明を聞いている。

盗まれたグリーンベリオットは特別ヤバイ代物だからか…

トリスティアは涙を浮かべ、ユリは怒りをあらわにする。

まだ推測の域を出ないが確実に言える。


「グリーンベリオットが治療以外の使用ならば、死人が何人…いや何十人とでます。

あとは治療薬士の居場所さえわかれば……」


ユリはこみ上げてくる怒りをなんとか抑えて考える。

シネラも他に何か無いか、治療薬士にたどり着く手掛かりが……


「マルス…ティーナ…」


部屋を包み込む静寂のなか…聞こえるのはトリスティアのすすり泣く声だけだった……







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