58話:記憶から記憶へ
『この子、転移者!奴隷にされそうだったから、闘技場ドーンって!!』
『いや、意味わからんぞ……』
ジョゼフはメグミから説明を聞くと、頭を抱えて地面に踞っていた。メグミのやったことは国同士の戦争になりかねないものだったらしく、アズサの処遇はその国では妥当なものだったそうだ。しかも、犯罪奴隷でも、アズサに殺された悪い貴族の所には行かず、アズサ自信に情状酌量の余地があるため、数年後には解放される、という判断がなされていた。
もちろん、アズサが転移者であることも考慮されており、そのためジョゼフがアズサへ会いに向かっていたのだという。ジョゼフが『あとは俺が何とかする。メグミは、この子と一緒に協会に行ってくれ』と言い、メグミは元気に返事を返した。
『弁償と降格処分だって~』
理事会へ召喚されていたメグミが、帰ってくるなり気ダルそうに机に突っ伏した。
何故、私の部屋に来るのかは謎だ、正直うざい。あの闘技場の件から5日が過ぎて、私は国境の検問所で会ったジョゼフさんからこの世界の説明を受けている。
ちなみに、メグミへの処分は比較的に軽いものだそうだ。詳しいことは教えてくれなかったが、協会職員達の噂話で、『爆雷の…』『弟子…』『伯爵家…』と言っていた気がする。その噂の主から、何かしらの圧力が協会側に遭ったに違いない。
『勝手な行動は、禁止ですか……』
『まあ、一月後から、個人外出許可が降りると思う……メグミ、うるさいからどっかに行ってくれ』
『え~、やだあああー!』
『そのなりで駄々こねるな……』
『……』
メグミは大きな知恵の輪?をガチャガチャいじるのを止めない。ジョゼフさんは諦めて残りの説明をして、最後に後ろめた表情で私に言う。『今日から3ヶ月間、メグミとバティー行動だ。理事会の決定なんでな、その、あれだ……頑張ってくれ』と……
何を頑張れば良いのか分からない。私は、むむむと変顔で知恵の輪に勤しむメグミを見て、ジョゼフさんの言っていたことを『バカだから、逆に面倒を見ろ』と解釈した。
一月ほど経つと、協会内でのメグミの立場が分かってきた。『人魔大戦期最強パーティーの見習い冒険者』『冒険者ギルドグランドマスターの弟子』『転移者最強の爆雷の双魔剣士の弟子』『暴風のモニカと姉弟弟子で、実力はメグミの方が上』『自由奔放なトラブルメーカー……』すごい人なのだけど、興味が無いことには見向きもしない。
街へ出かけたさいも、自分が興味を示したものだけに食い付き、私の買い物にはまったく興味無し。
知り合いは多そうだけど、嫌いな人からの呼び掛けには一切答えない。そのせいで、何回かトラブルも起きた。ほとんど人がメグミにボコボコにされてたけど。
『あんたさ、何で冒険者になったの?』
1ヶ月だけの相部屋は今日で最後。いつも通りベッドでゴロゴロしているメグミに訊ねてみる。
メグミは煎餅をボリボリかじりながら『ぼーふぅんしゃ?』と訊かれたことを不思議がっている。
『その……転移者で冒険者になる人って、変人みたいなこと聞いたから…』
『うん、変人だよ!』
変人なのかよ!?と心の中でツッコミ、それをまったく否定しないメグミは、ベッドから降りてきて私の前に胡座をかいて座る。
メグミが冒険者と言うことはジョゼフさんから聞いて知っていたが、私からメグミに冒険者のことを訊くのは今日が初めて。
それからのメグミは、冒険者とはなんなのかを饒舌に話し始めた。
大戦期に名を馳せた゛赤狼の雷閃゛。見習い冒険者として師匠達と一緒に旅をしてこと。師匠達の変人っぷりを、面白可笑しく語り。地獄のような訓練、勉強嫌いが講じてよく飯抜きの刑しされたこと。メグミの大好きだった師匠達が、戦争で死んでしまったこと……
『……そう、だったんだ』
『うん。でも、ローヌさんとマルヤマさん、ユリさんがいたから……だから、みんな寂しくなかったんだ!……今でも気にかけてくれるし、ほら!ユリさんからは、毎年、手紙が届くんだよ!』
メグミが皮製のバックから手紙を取り出して私に見せてくる。
読んでもいいと言うので読んでみると、手紙の内容は、メグミを心配する言葉が沢山書かれていて、田舎のお母さんからの手紙に思えた。
『私ね、ユリさんが目標なんだぁ~』
違う手紙を読みながらメグミは呟いた。私は正直、メグミが目標とする人物がこの手紙の主なのであれば、失礼かも知れないけど今のメグミにはなれないと思う。だって、メグミがここまで人を気遣う手紙を書けるわけがない。
そう思っていると、メグミがジト目で私を見ている。
『……何よ』
『なんかバカにされた気がした……あれだからね!目標は、ユリさんより強くなりたいってことだからね!ユリさんは、世界最強の冒険者なんだから!!』
『世界、最強……はぁ?こんなにキレイな字で、優しいそうで、気遣いバッチリの人が……世界最強の冒険者ぁ!?』
『優しくないよ!?鬼畜だよ、鬼畜!』
メグミは、ユリさんという人物から受けた数々の仕打ちを、女優顔負けの演技力で力説してくる。
話している時のメグミの表情は、常に笑顔だった。ボロクソに陰口を言っているが、目標としているユリさんのことが、大好きなのだと伝わってくる。でも、途中から青ざめた表情になり、急に黙りこんだ。
『どうしたのよ?お腹でも空いたの?』
私が顔を覗きこむと、メグミが泣きそうになりながら私に抱きついた。
『降級しちゃったぁああー!あと少しでB級になれたのにぃ~、降級しちゃったよおおぁー!!』
『え、あぇお、ちょとーー!』
泣き出したメグミ。
降級した原因は私にもある。だから、メグミが落ち着いてから謝罪した。ぐずぐずと涙を拭っているメグミは『ぢがぅ、わだじの、ぜい、たがば……グズッ』と否定してくるし、謝罪を受け入れてくれない。
泣き続けるメグミに、私は何を償えるのか……
何も分からず、奴隷になるところを助けてくれた。私は、その恩を返したい。
場に流された感はあった。でも、いつまでも泣きじゃくるメグミを、どうにかしようとした一心で言ってしまったあの言葉ーー
「『ーー私も冒険者になってあげる』か……懐かし……今なら言ってないな、たぶん……」
飛空挺は神殿の真上まで着き、着陸姿勢の準備を開始しつた高度を下げる。
アズサはモニターを見つつ、機体を平行に保つよう操縦悍を操作し、モニターに映る神殿がおかしいことに気づいた。
「なにこれ……神殿、潰されちゃったの!?」
機体の降下を取り止めモニターに映る範囲を拡大する。
神殿は見るも無惨に破壊され、所々から土煙か上がっている。
「!?ーー誰かいる!1……2人」
ヒトカゲを確認したアズサは、即座に救出行動にでる。
機体を広場に強行着陸。格納庫から作業用ゴーレムを起動させて外へと飛び出す。
「どうしたら、こんな……」
全身が火で炙られた姿の男性に目を背けるアズサ。もう助からないと判断し、もう一人の方へと足早に駆け寄る。
もう一人は小さな女の子で、アズサが近づくと一瞬だけ魔力が霧散した。
「……結界魔法?」
静かに抱き上げ、心音や呼吸を確かめる。
「……生きてる。でも、なんで子供がこんなとこに……?これは冒険者証、D級!?」
女の子の冒険者証をまじまじと見るも、偽物ではないと分かると冒険者証の身元を確認してから元に戻し、女の子を抱きながら飛空挺に向かう。
「シネラちゃん、か……世界は広いな。こんなちっちゃな子でも、中堅冒険者になれるんだぁ」
待機室のソファーにシネラを寝かせ、あらためて外傷が無いかを調べる。
どうしよう……この子の安全を優先すべきだと思うけど、私にはメグミのサポートがあるし…誰かに頼みたいけど、たぶん、あの状態じゃ無理だよね……
脱がした服をシネラに着せ、起きないシネラを見つめるアズサ。悩んだ末、近場の街へ行くと判断し操縦室へ向かおうとした。その直後ーー
「ーーまて、小娘」
「いっつぅ!?誰よ、あんた!」
「私の名は、キゼド。その娘をどこへ連れて行く」
「放して!くっ、何なのよいきなり……どこへって安全な所にーー」
「ーーやめておけ。奴らは、この飛空挺を視認したはずだ。今、飛行すれば、格好の的になる」
継ぎ接ぎ布まみれの男性、キゼドはそう答える。
腕を掴まれた痛みで顔をしかめているアズサは内心、どこから現れたのか分からないキゼドに対して、嫌でも恐怖を覚える。
拳を握り、ありったけの魔力を込めるアズサ。今にも殴りかかりそうなアズサへキゼドは「下へこい。応竜様が御呼びだ……」と言い背中を向けた。
今だと思った瞬間、アズサの右手に込められた魔力な飛散する。
「な、なんで!!嘘でしょ!?」
「触れずとも、その手の魔法など私には通じん……やる気ならば、闘気を薄く纏い、全身の力を抜け。殺気を抑えろ……まだ若い、すぐには理解できんだろうがな」
「っ…何が目的よ!」
「下へくれば分かる…」
そう言うとキゼドは、自分だけ先に下へと降りて行った。
その場に立ちすくむアズサは、震える手足に力を入れて止めようとする。メグミとまでは行かなくとも、冒険者として数年鍛えてきたアズサは、それなりの力量を測ることが出来る。
そして、愚かにもアズサはそれを怠り、キゼドに攻撃を仕掛けようとしていた。しかも、魔力をかき消されたあげく、軽く助言までもらってしまった。
「冒険者なんか、ならなきゃよかった……」
アズサは格納庫へ降りる。そこには、布まみれのキゼドと、黒焦げになった人の死体が横たわっていた。
大型犬サイズになったマールウルフのマルを先頭に、マリアを担ぐユリと、そのあとをつてい行くタマ。
「どこに行くの?」
「記憶の間に行きます。東神殿での゛祈杯の間゛です」
「なるほど、でも…ここって洞窟だよね?」
「洞窟です」
タマは、辺りをキョロキョロと見渡しながら「ふ~ん」と生返事を返す。
現在、マルからの助言で、マリアに呪器を御受けさせるために記憶の間へと向かっている。
マリアが授かる呪器がこの戦いの鍵になると、ユリは念話を通してマルか訊かされた。シネラのことが気がかりではあったが、マルの説得により、マリアの御受けが優先された。
神殿での出来事から、いち早く復活したタマにも説明したはずだったが、洞窟に入るなり落ち着きが無い。
「神殿からじゃダメなの?」
「ダグナマグナと麒麟の戦闘で、神殿からは行けなくなったそうです。この洞窟は、神殿が建てられる前まで、記憶の間に行くための隠し通路でした」
「神殿、戻ろうよ。シネラ姉ーー」
「タマ、今は御受けをすることが最優先です」
「それはわかってるけど……」
歩みを止め、俯くタマ。ユリはマルに触れてからタマに話しかける。
「私も割りきれてはいません。ですが、マリア様とタマに賭けるしかないのです…」
「そんなの、無理だよ。私とマリアじゃ出来っこないよ!絶対無理だよ!!」
タマはその場に踞る。ユリはマリアを降ろし、タマの前に屈み、再度、洞窟に入る前に説明したことを話し始める。
「剣神様をお連れするためには、マリア様の゛円゛の力と、マリシェの持つ゛星゛の力でなければならないと言ったはずです。天界へ渡るには二人の力が不可欠。二人にやってもらうしかありません」
「……なんで、私とマリアなの。マリアのお祖父さんがいるじゃん!神殿に戻って、シネラ姉を助けて、お祖父さんにやってもらえばーー!マルちゃん……?」
マルがタマに顔を擦り寄せる。ユリがマルに触れ、念話で意思を読み取ると、マルはついてこいとばかりに歩き出す。
「この先に、タマと……マリシャ様とマリア様でなければならない理由が、分かる場所が有ります」
「理由?……だけど、シネラ姉をあのままには出来ないでしょ!今、助けなくても、何か有ったらユリさんは嫌じゃないの!?」
「はい。大丈夫です。シネラちゃんは神の結界に守られています。万が一のことは無いと断言します」
「……そんなの、信じられないよ……」
「信じられないのであれば、仕方がないですね」
「えぶぉっ?!」
いつまでも聞き分けのないタマの顔を殴るユリ。地面に崩れ落ちる前に、左腕で抱き留める。右肩にはマリアが乗っかっているので、タマは左腕で抱える。
「あなた達しか、シネラちゃんを助けられないの……また過去を変えてでも、あの子をーー」




