57話:過去の記憶
『ーー知って欲しくなかったのさ……』
ああ、私は、知らなかったのか……
勇者達も皆、私と同じ様に騙されていたのだろうか。自分達が、巨人兵の力を集めるための道具だった、ということを…
巨人兵が邪神竜から生まれたのは私も知っている。その力も、何のために生み出されたのかも。
勇者達から邪気を抜くには、聖剣の力に頼らざるおえない。この世界の魔法は、聖剣に選ばれた勇者達には一切効かない。仕方なかったのだ……
聖剣クラウ・ソラス。聖魔力を宿した魔剣。他の魔力の存在を許さない、魔力を持たないものだけが、持つことを許された、絶魔の剣。
太古のメルニシア大陸を支配していたイヴィリス人。魔法の使えない人族の祖が、神より賜りし――から生み出した、魔族を滅ぼすための神器の1つ。
あの大戦以来、フォール王朝に代わり、インデステリアが世界の均衡を保ち、常に勇者を輩出し、魔族から民を守ってきた。
勇者の召喚は私の仕事だった。
キヨのいた世界から、魔力を持たない者を召喚する。
どれだけの命を犠牲したのか……
万ではきかない。何十、何百万人の命を、勇者召喚をするための生け贄として、命を奪ってきたのだ。
愚王が現れるまでの約100年間を、私が……
心が、壊れそうだった……
愚王が現れてから、私は命を奪うことから解放された。
かつてフォール王が所有し、"勇者の定め"と呼ばれた、魔力を完全に消滅させる神器を手に入れてからは、ヤマト宗武連の源流、九星家が勇者を選定し、世界の秩序を保ってくれた。
でも、肩の荷が降りたわけではなかった……
目を瞑るたび、消えていった人々を思い出す。敵兵、敵国の民。何も知らされずに前線にいた自国の兵士も、奴隷兵も、勇者召喚の生け贄となった。知り合いも、何人か消えた。
夢でも、あの光景が甦る。喧騒が消え、今まで有ったもの全てが無になり、静寂だけが私に語りかける。
『悪魔』
何時からか、そう陰で言われていた。私も、自分は悪魔なのだと思う。でも、神器の代わりは私しかいなかった。インデステリア王もキヨも私を褒めてくれた。なんで陰口を叩かれないといけない。頑張ったのに、なんで……
それ以来、皆が私を責める。私は、罪過を拭うため旅にでた。
国々を周り、たまに居着いて数十年過ごした町や村、北海の群島に住む先住民族、色々な人に出会えた。魔王国へは行かなかったが、オルニシア大陸にも行った。
旅をしつつ、冒険もした。冒険者、昔は探索者なんて呼ばれてた荒くれ者。
傭兵なんかも少しだけやった。傭兵団の団長を10年位。でも、人は殺さない傭兵団で、猛獣、魔獣、何回か悪魔も倒した。
人殺しなんかもうしたくない。私にぴったりな職業だけど、仲間は悪魔に殺された。私が脱退してすぐの出来事だった……
約10年前、その悪魔がメルシニア大陸に押し押せてきた。
悪魔、そう魔族だ。魔王が召喚した悪魔達を引き連れた魔王軍。獣王国を蹂躙し、キヨの領地に攻め込み、神器は破壊された。
理由は分かっていた。約500年間途切れる事のなかった勇者が途切れ、主を失って所有権の無くなった聖剣を奪いにきたのだ。
早く次の勇者を、と言ったところで、魔力の持たない者などいない。神器が有れば、などと言えた状態でもない。魔王軍がヤマト領都に迫り、ヤマト領崩壊一歩手前で、ある人物がキヨに手を差し伸べた。
『我らを使え。それが、今日まで繁栄したフォール家の償いだ』
今でも覚えている。
フォール家の兵を生け贄に捧げ、勇者召喚をしてほしいと言われたことを……
キヨは無理にとは言わなかった。あの頃の私を知っている唯一の理解者で、私のことを一番大事に想ってくれている。だけど、私がやらなければ悪魔を退くことが出来ない。
聖剣に選ばれし勇者を、私が……
召喚の儀式には、10万~20万人分の魂が必要になる。その生け贄にとなるのは、ガルデア軍の兵士と魔王軍。作戦は極秘裏に行われた。
フォール家が時空魔法で戦場一帯の時を止め、私が勇者召喚を行う。全ての罪はフォール家が被ることとなった。
儀式前、フォール家は5名の呪器者で、ダミーの時空魔法を発動させる手はずだったが、一人の裏切りで状況は一変した。
その者は、ヤマト領までも飲み込むほどの異界転移魔法を発動させ、大地までもを消し去ろうとした。
だが、ノーマンがそれに気づき、ヤマト領の方向にいたローレスの魔法をレジストし、その裏切り者の魔法さえもレジストした。
しかし、制御不能のに陥った時空魔法は予定の陣よりもさらに大きく拡大し、ガルデア軍と魔王軍の大半を飲み込み、私があらかじめ用意していた召喚魔法陣が時空魔法の魔力に当てられ作動して、ものの数秒で消滅した。
消滅したのは兵だけではない。義勇軍、避難民も含めると30万もの命が勇者召喚の生け贄になり、赤狼の雷閃の仲間であったラオヌ、コロフ、ルーラも、それに巻き込まれた。
つらい……
仲間達に、会わせる顔がない……
マルヤマとユリには嘘はつけない。私は正直に事の顛末を伝えた。
二人は許してくれた。先にキヨから説明があったらしく、『全ての責任は、私にある。ローヌを、支えてくれないか……』と二人に土下座をしたのだ。
マルヤマもユリも、憔悴しきった私を庇ってくれた。
マルヤマは『前を向け、三人のために、弟子達を立派に育て上げ、それが今できる贖罪じゃ』ユリは何も言わなかったが、私を抱き締め一緒に泣いてくてれた。
私は二人と共に、弟子達を育てた。ユリが冒険者を辞め、マルヤマがグランドマスターになった後も、手のかかる弟子達が全員一人立ちするまで……
薄れかけた罪の意思は、カズキ達の言葉で呼び起こされた。
私の中で忘れ去られた罪。勇者召喚と巨人兵のつながり。
巨人兵は勇者に溜まった邪気を祓うために必要なものだ。キヨからもそう訊いていたが、違っていた。
イオリが『邪気を巨人兵に蓄えさせていた。邪神竜復活のために…歴代の勇者は、邪気を集める道具でしかなかった……』と言っていたが、キヨが世界を崩壊させる訳がない。
500年前の大戦は世界を救うためだった。
キヨとインデステリア王と私が、フォール王家の呪縛から勇者を救うため起こした戦争だ。フォール王家こそ、邪神竜を復活させようとしていた張本人だったはずだ。
それが、なんで……
深……
知らない組織だった。
そして、カンターナも深のメンバーの1人だった。
深がキヨを裏切り、巨人兵は研究所ごと奪われた。
なんで、何故そんなことになってるのか理解出来ない。いや、私の中で、その事実を認めたくないと言う感情があった。
私の役目は勇者を召喚するまで。その後は勇者の邪気を祓うことしか知らない。邪神竜なんて、知らない……
私が、勇者を召喚しなければ………
「ーーロージェンヌ!」
「ローヌさん!」
カンターナとセルビオがローヌの名を叫ぶ。
いまだ虚ろなローヌは、呼び掛けに目線を動かすだけで答える。
「カズキから連絡がきてね、マルヤマが危険だそうだよ」
カンターナはローヌを無理やり立たせる。
心ここに有らずのローヌは、何故自分にそのことを言うのか分かっていない様子だ。
「私と行くよ!キヨマツ様の仇を討つんだ!」
「キヨ……の、仇……」
「トベだよ……あいつが、今、マルヤマと戦ってる。トベは強い、マルヤマだけじゃ勝てるか分からない……」
カンターナの肩が震えている。
裏切り者である深のメンバーをこの手で葬りたいが、カンターナは深の中でも弱い。元は暗殺が主のカンターナでは、マルヤマと渡り合うトベを倒すことなど出来ない。
「まだ混乱してるかもしれないけど、ロージェンヌの力が必要なんだよ。マルヤマが負ければ、今、勇者と戦っているカズキ達が危険に晒される。私とロージェンヌで、時間を稼ぐんだ!」
「タイガにかけられた術の解除はどうすんだよ!?」
「それなら大丈夫さ。ルーが一流の魔法士をここに派遣してるからね……」
「ルー……転移者協会の会長か!?」
「そうだよ。分かったら黙ってな」
ベスの問いにぞんざいに答えるカンターナ。再度ローヌに向き直り、両肩に手を乗せ問いかける。
「ロージェンヌ……辛いのは分かってる。でもね、あんたしか出来ないことがある。今がその時だよ…」
「……ウチは、何にも知らなかったんや……」
「ああ」
「キヨが死んだことも……巨人兵も、深も……」
「……そうだな」
「……なんで、いつも…ウチはーー」
ローブの裾を掴み、ローヌはカンターナを睨み付ける。
その目の中には、怒り、悲しみ、戸惑いの感情が混じる。しかし、瞳に宿る強い輝きは、すでに前へと向けられていた。
「行くぞ、カンターナ。うじうじするのはもう疲れた……やつは、ウチの獲物や……」
「分かってる。アドラス!後を頼んだよ!」
『了解した!』
「ベスッ!」
「なんだよ!?大声出さなくても聞こえてるっての!」
「……死ぬんじゃないよ」
「……おう」
カンターナが拳をつきだす。その拳に自分の拳を合わせるベス。
カンターナがアドラスへ指揮を引き継ぎ、ローヌとともにマルヤマの元へと向かった。
「……ヤバくない、あれ」
「でかいよねぇ。東京タワーくらいあるかも~」
「ちっ、のんきよね。カズキは勇者と……マルヤマさんは……あれは、魔族?」
光化学魔法迷彩で低速飛行中の黄竜三式。神殿域上空に着いたメグミとアズサは、眼下を覗きながら状況を確認する。
「とりあえず、カズキくん加勢しに行くよ」
「いいけど……飛空挺はどうするの?離着陸に適した場所は少し遠いから、メグミは落下傘で降りたら?」
「おお!ナイスアイディアだよアズサー!」
「はいはい。気をつけて……黄竜を安全な場所に置いたら私も合流するから」
「了解~」
メグミの落下傘を取り付ける手伝いをするアズサ。キツくベルトを締め上げ、後部格納庫までメグミを送る。
「……メグミ」
「大丈夫!心配しないで!」
「その自信満々な態度が、一番心配するから……まあ、メグミらしいけど」
「えへへ。じゃっ、行ってくるよ!」
笑顔で格納庫から飛び降りるメグミ。アズサは不安を感じながらもメグミを見送る。
メグミは強い。下で勇者と戦っているカズキやS級のイオリも強いが、メグミはそれ以上に強い。いや、強いと言う言葉など意味をなさない。
今現在、最強と謳われる人物の弟子であり、転移者の中でもチートな部類にされた゛先眼の加護゛を持った加護持ち。
ひとたびメグミが加護の力を使えば、どんなに素早い相手でも、一部の時空魔法を使う者でさえも、メグミの前では全てが見透かされてしまう。
噂だが、あのメグミの師匠も負けたことがあると訊いたことがある。だから、メグミがカズキ達の援護に向かったのは、ある意味正解かもしれない……だって勇者タイガは、メグミに勝てたことがないから。
コックピットに戻ったアズサは進路を南へ向ける。着陸する場所は神殿前の広場。
「メグミ、強いのに……」
アズサは知っている。
とてつもなく強いメグミが、B級に居続けなければならない理由を……
メグミはラトゥールに転移して10年以上立つ。メグミ以外のメンバーは、アズサが4年前、トモエとハナコが3年前に転移してきた。
メグミとアズサの出会いは、とある国の闘技場。すでにB級冒険者だったメグミとトーナメント予選を勝ち抜いた拳闘士のアズサが、トーナメント1回戦で当たった。
勝敗はもちろんメグミの圧勝で、アズサは2秒くらいは持ちこたえたらしい。
だがアズサは、負ければ奴隷という未来が待っていた。
犯罪奴隷であり、アズサはラトゥールに転移してすぐの頃、貴族に無理やり迫られ、そして、殺してしまったのだ。
逃げれもせず、衛兵に捕まり裁判にかけられ、拳闘士として闘技場で殺し合いをさせられた。半年に一度のトーナメントに出場するため、長い予選を勝ち進み、やっとの思いで本選出場。優勝すれば無罪放免。しかし……
どうしても勝たなきゃいけない局面で、メグミというイレギュラーに秒殺されてしまったのだ。
死んでいればよかったものの、メグミは気絶させるだけでトドメは刺されなかった。
奴隷に堕ちたアズサ。大会終了を待たずして闘技場から奴隷館へ連れ出される。抵抗などはしない、もう人生終了だと悟ったアズサは黙って兵士についていく。
しかし、アズサの目の前を歩いていた兵士が、いつの間にか目の前から消えてしまう。何故か闘技場も崩壊を始めて……
『ヤッホー!』
『えっ?』
後ろを振り向くと、メグミが立っていた。
メグミは何の説明もなくアズサを抱えて闘技場から離れる。
アズサはされるがままで、闘技場のある街からインデステリア王国との国境までたどり着いた。
国境検問所にはメグミの知り合いで、国際転移者協会管理班のジョゼフが待っていた。




