閑話:偉大なお祖母様・終
「大変だったなアリア…」
「ほんとですよー。最終的には、ユリに気絶させられたんですから!」
お腹を両手で押さえ、オーバーリアクションで苦しみを表現するアリア。
シネラとエリー以外の面々は、談話室でユリから事のいきさつを説明された。
アリアの時間魔法が外部から干渉されたこと。それがフォール王家の呪いによるもので、フェルティアの助けがなければ、停止した時間軸に一生閉じ込められていたこと。そして――
「四方同調が発動される前、までしか遡ることができないとなりますと…ユリさんとアリア様は、どの様にお戻られたのですか?」
訊ねてきたのはトリスティアだ。ユリの説明が簡潔すぎ、いや、端折りすぎなので、気になる点を質問したようだ。
「…まず、マリア様を――」
ユリは淡淡と説明する。
静止した空間で、もう一度同じ条件を構築。再度フェルティアが現れ、一度目の状況を説明し、一度目で失った神力をアリアへ移譲。二度目の逆時も四方同調の発動前。仕方無く、フェルティアを再度召還(フェルティア自身は一度目)し、ユリが剣神に会って説明(二度目は会っていない)すると、剣神が渋々ながら、自身の時空魔法で下界に干渉してくれることとなり、下界へ降りれない剣神の神力を、フェルティアを媒介にして逆時を発動し、今日の正午まで時間を戻してもらえた。と言うことらしい。
「ですが、なぜアリアは泡を?儀式中、時間魔法を使った形跡が全くないが」
「ですー。おかしいですー!」
ユリの説明にスミルとマリアが異を唱えが、ユリは「逆時を、使用しましたので」と真顔で答えた。皆の頭の上に疑問符が浮かび上がる。
「…私とユリは、一日後から戻ってきたのよ」
「「えーー!」」
まさかの発言に驚き声を上げるマリアとタマ。スミルとトリスティアも驚いた表情だ。
アリアはそれを無視して説明を続ける。
「一度、時間魔法を使わないで一日過ごしたけど、これが厄介なことになったのよ。トリスティアなら解るでしょ?」
「厄介、ですか…まさか!?」
「そうです。同じ人間が二人。同じ時間軸に同一人物が現れれば、時空の歪みが発生します。アリア様は三度目の時に下賜された、フェルティア様の神力を使用せず保持していたため、剣神の助言に従い、時間魔法を発動後、逆時を使用し儀式時まで戻りました。そこでまた、アリア様の時間魔法が解除出来なくなり、一か八かで、アリア様を気絶させたところ、現在に至ります」
ユリの説明が終わる。
しかし、この説明でもユリは隠すべき情報は、アリアを含めた皆に伝えようとはしなかった。
ユリは剣神との会話を思い出す。
『――できれば、半日くらいかな』
「わかりました。では、アリア様には適当な理由をつけ、悟られないようにします」
『そうしてください。あの子が、罪悪感を感じる必要はないですし。ユリはもう、割り切ってますね』
「タイムパラドックスを防ぐには、この時間の私を消すしかない。今後、必要になるのは、この記憶を持った私とアリア様です――」
この時間軸のユリとアリアは、もう存在しない。ユリが剣神を説得し、強引に二人をこの世界から消してしまったのだから。
目を瞑っていたユリが瞼を開く。己の業の深さにため息をこぼし、自分の手を見つめ、心の中で謝罪する。
(ごめんなさい。この世界のユリ…)
ユリとアリアだけが残る談話室。皆はもう部屋に戻った。
「マリア、驚いてたわねぇ。まさか、『フーアがお祖母様だったなんてですー!?』だって!カルーザスも演者だから、マリアも騙されたのかもしれないわね」
「執事長は、フェルティア様の言いつ付けを忠実に守っていたにすぎませんし、幼いマリア様には見破ることは出来ません。まあ、今のマリア様でも、気づけたかどうかは…」
「…気づかないわね。エリーの変装でさえ、気づかないんだから……あら、空っぽ」
紅茶が入ったカップを手に取り口につけるが、アリアのカップには紅茶はない。ユリは椅子から立ち上がることなく、風魔法で紅茶ポットを浮かせ、器用にアリアのカップへと紅茶を注ぐ。
「ありがと。邸でも、その魔法は披露してたの?」
「披露したことは、一度もありません。普通にお注ぎしてましたが、それがなにか?」
「…なんでもないわ。紅茶、美味しいわね」
どこか釈然としない様子のアリア。その様子を横目で見るユリは、アリアの態度から、何を聞きたいのかが分かっていた。
なぜならユリが、アリア、マリア、トリスティア以外、四人目のフォールの血族の存在を濁した説明と。タイムパラドックスの危険性を一切話さなかったからだ。
実はアリア。逆時を使う前、ユリとこんな会話をしている。
『剣神様は、なんて?』
『今は、お伝え出来ません』
『そ、帰れたら教えてね』
『…わかりました』
その為、アリアから解散後のお茶に付き合わされている。
だが、ユリは話そうしない。
アリアがそろそろ話を切り出そうしたが、ユリにことごとく話をすり替えられる。
先ほどの、マリアがフーアの件で驚いていた話も、ユリが上手くはぐらかした話題にすぎず。
アリアもまた、ユリの巧みな会話変換術にのせられ続けている。
「…私はそろそろ、おいとまさせていただきます」
「え、剣神――」
「帰れたら、だったはずです…今は、まだお伝え出来ません。お先に失礼いたします」
「ユ、ユリ。まだっ、て――」
ユリはアリアを置いて談話室を後にする。
アリアとの約束は、二度と果たすことが出来ない。何故ならば、二人が本来帰るべき時間軸、世界線には、帰ることが出来なくなってしまい。さらに、この世界線のユリとアリアを自分達の都合で、ユリの独断で、この世から消滅させたのだから。
「フーア語です〜」
「じゃあ、お祖母さんの口癖が移っちゃったんだねぇ…動かないで」
「ですぅ…お祖母様は、百数年ぶりに天界へ召された偉人ですー!」
「はいはい、スゴいねぇ。次、動いたら坊主ね」
「ぼ、ぼ!?……」
マリアの髪を編んでいるシネラ。マリアはフェルティアの話がしたくてじっとしてられないようだ。今しがた、シネラの脅しで口にチャックする。
「でぇーきた。で、お祖母さんが偉人て?」
「お祖母様。フーアは、王位を持たない唯一無二の女王様ですー」
「え?意味わんないだけど…」
アリアの説明は意味不明すぎて、シネラは大いに困惑する。
アリアもまた、自分が言ったことが伝わらなくて「違うですぅ?」と、なにも知らないシネラに訊ねる。
「いや、私が知るわけないでしょ。マリアのお祖母さんなんだから…」
「でも、女王って言ってたです〜」
「言ってた、て…う〜ん」
シネラは、ある程度の歴史ならユリから教わっている。しかし、フェルティアと言う名のフレーズに、女王という地位が当てはまることはない。また、フーアと言う名も、歴史上に主だった人物名でもない。
歴代の王と女王の名だけであれば、旧フォール王国最後の王"フィリア・ルボネ・メイ・フォール"女王が有名な人物だ。
だが、最後の王フィリアは、即位前に、忽然と姿を眩ませたと、どの歴史書にも書かれている。事実、このことが原因で、今のインデステリア王国との戦争に負け、フォール王朝は長い歴史に幕を降ろし、王不在のまま併合されてしまった。
「…フィリア……マリア」
「はいですー」
「お祖母さんのこと、もっと知りたくない?」
「…?」
「あはは、答えはすぐそこだから。一緒に調に行こっ!」
思い立ったらなんとやら。シネラはマリアを連れて、トリスティアの元へと向かった。
「書庫を、ですか?」
「うん。家系図と歴史書が、どうしても見たくて…ダメですか」
すでにベットの中にいたトリスティアを起こしてお願いをするシネラ。
「えぇ、ダメではないですけど…何をお調べに?」
「マリアのお祖母さん。すぐに終わるのでお願いします!」
「お願いするです〜」
訳もわかってないただ連れてこられたマリアも、シネラの真似をして手を合わせてお願いする。
トリスティアは「仕方ないですねぇ」と、二人の可愛いお願いポーズに負けたのか、微笑みながら了承した。
その後、書庫での調べ物はすぐに終わった。
ニ人は今、バルボネ家の書斎でシネラが書き殴っている物の完成を待つ。
トリスティアは真剣な眼差しで作業見ているが、マリアはあからさまな欠伸をして眠そうにしている。
「……こっちを繋げて…よし、出来ました!」
二枚の紙をトリスティア達がよく見えるようテーブルに置いたシネラ。そして、かなり古い手紙も。
トリスティアは「すごい、です…」と息をのみ。マリアは二枚の紙を交互に読んで、一度、目を擦ってからシネラの顔を見る。
「推測だけど、マリアのお祖母さん。フェルティア・メイス・スティフォールは…500年前に行方不明になった、フィリア・ルボネ・メイ・フォールだよ」
「お祖母様は500歳だったですー!?」
「…そうじゃなくて、フィリア女王は即位前に行方不明、だったけど…ここ見て」
シネラが指差すものは、ワーザム・メイ・バルボネの三女(養女)フーア・メイス・バルボネだ。
マリアは「フーアです〜」と目を丸くして驚き、トリスティアも同様に驚いている。
「今から、390年前のバルボネ家に、フーアがいたの。結婚相手は見れば解るでしょ?」
「次男のカイランです〜」
「そう。しかも、カイランが家督を継いでて、娘が一人」
シネラはユリ達の身に起きたことをマリアから訊いている。
もちろん、時空魔法のことも。時空魔法を使えば、過去と未来へ行けることも。
「お亡くなりになったお歳が、17歳となりますと…」
「バルボネ家にいたのは2年だけ。子供が産まれてからすぐだと思います…」
「かわいそぅです〜」
「あくまで仮説だけど…フーア、フィリア女王は自分の意思で、110年後に飛んだんだよ。即位すれば、殺されるって知ったから…」
「殺される、です〜?」
シネラが500年前の王朝末期について、マリアでも解りやすいよう、簡潔に説明する。
インデステリア王国とフォール王国との戦争は、フォール王朝、第40代国王、第41代国王と、第42代国王の元、35年という長きに渡る、ラトゥール史の中で最も長い戦争。
戦争末期、インデステリア王国は、ヤマト将軍(現ヤマト氏伯爵)の活躍により、ビルマシク王(第42代フォール王)を殺害、ガルディム城(現ガルデア公城)開城を果す。
しかし、残されたフォール王家が新たに王を立てようと画策するが、最早、敗戦したフォール王国の大部分はインデステリア王国軍に占領されていて、仮初めの王など意味をなさない。
「企てた王家は、ガル、ロロ、スティの三家で、フィリアはスティフォール家の当主。長い戦争で、たくさんの血族が死んじゃったから、あとはフィリアしかいなかったんだね…」
「他にもいなかったんですぅ〜?フィリア女王は15歳で亡くなってるって、シネラ姉も書いてるです〜」
「時間と空間、両方を扱える血族。トリスティアさん、これが王になる条件で間違いないですよね?」
「間違いないです」
「当時、王位に就くための条件を満たしたのがフィリアしかいなかった。だから、フィリアは時空魔法で未来に逃げたんだよ。マリア、これを読んで――」
シネラから渡されたのは、ワーザムの代の頃の日誌だ。
マリアが付箋のページを開けて、その内容を読む。
「…ヤマト氏侯爵家の取り調…大罪人フィリアとフーアの…一致…!?お祖母様がバレたですー!!」
「しぃー!!声が大きいよ!」
「ごめんなさいです〜」
「これを見つけた時、もう確信したよ。フーアは時空魔法で…」
「そして、取り潰される前のバルボネ家に、再度の養女として向かえられたのですね…」
シネラか書いた二枚の紙の端にある手紙を手に持ち、トリスティアは目を潤ませて読み上げる。そこにはこう書かれている。
『カイラン様へ
突然の別れに、さぞ驚かれたと思います。フーアとして、バルボネ家に向かえ入れてくださったことでご迷惑をお掛けしましたこと、この手紙で謝罪することをお許しください。
私は、ヤマト閣下の元へ行きますが、くれぐれも刃向かうことなきようお願い申し上げます。私が撒いた種を、バルボネ家がお被りなることはありません。
すべての罪は私が負います。カイラン様はティアを、娘のことを、私の分まで愛してください。
これからのバルボネ家に、太陽神ニハイ様の神光が、未来永劫、照らし輝くことを、お祈りいたします。
未来でも私の深愛は、カイラン、ティアと共に…
フーア・メイス・バルボネ』
「お祖母さん…波乱万丈だったね」
「ですぅ…かわいそう、です〜」
手紙はマリアが貰った。
この手紙はシネラが見つけたのだが、見つけた場所…いや、託された場所は地下室であり。手紙を渡してきたのは、他ならぬフェルティア自身だ。
「フーア語…続けるの?」
「…続けるです〜」
「…そっかぁ」
手紙を見続けてるマリア。その隣のベットから、シネラが枕を持ってマリアと同じ布団に潜る。
「…あのね、マリアのお祖母さん…幸せだったと思うよ」
「…?」
「だって、マリアの記憶には、笑顔で泥塗れになって一緒に遊んだ、フーアがいるでしょ?天界に召されたけど、人生の最後が笑顔で終われたのって、幸せだったからだと思う」
そう言うと、シネラは一枚のメッセージカードを、マリアの手に乗せた。
「カードで、す…マリアへ。あそんでくれて、ありが…とう フーア――!?フーアですー!何でですー!?」
「手紙と一緒に入っててね…私は気づかなかったけど、トリスティアさんが見つけてくれたんだよ?」
「さすがトリスティアです〜!」
泣き笑いながらと忙しいマリア。そして手紙とカードは、マリアの宝物になった。
「よかったね」
「です〜!偉人の直筆手紙は、高値で売れるですー」
「売れないよー」
「シネラ姉はまだまだーです〜。お祖母様は、人魔大戦で偉大な功績を上げたですー。絶対、金貨100枚は固いですー!」
「なおさら売っちゃダメでしょ!!?罰当たりだよ!」
「売れる時に売るですー!――」
実はメッセージカードも、フェルティアから直々に渡されたのだが、ここでは言わない。
翌日、トリスティアの手柄として、マリアがパンケーキを作ってきてお礼をしていた。トリスティアは何のことかわかってなかったが、美味しそうにパンケーキを食べていたらしい。
ちなみに、売ると断言していたマリアだが…シネラの密告により、お祖母様の手紙とカードは、ユリに取り上げられていた。




