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閑話:偉大なお祖母様・9

 『では、いくですー』

「こ、怖いんだけど…」

「大丈夫です。すぐに慣れます」


フェルティアの神力がアリアの額に集中する。

今から行うのは返環(へんかん)。魔法力を根こそぎ奪う神儀で、死ぬことはないが、廃人にはなる。


「慣れたくないわよ!?」

『もぉ〜。きよめたら、ちゃんともどすですー。まごをはいじんにしないですー』

「あ、あた、ま…めが、ま――」


フェルティアの神儀が終わる。

アリアは口を開けたまま泡を吹きながら気絶している。


「呪器にかけられていた呪いは、時四(しし)同調術ですね」

『です〜。よにんのメイと、がいしんのかごがはんぱちゅ…はんぱちゅ、はんぱ――』

「反発することで、加護を持つ者を異界へ飛ばそうする転移魔法が自動的に発動。即座に外神が、シネラちゃんを別の空間へ隔離。同調中の転移魔法は行き場を失い、各々から発動された魔法がアリア様の時間魔法に重畳。複雑化した魔法は、アリア様自らの解除が出来なくなり、術者が気絶しても、それは永続する」

『ユリはかしこいです〜。あ、終わったですー♪』


アリアから吸い上げた魔法力の浄化が終わったようだ。この魔法力をアリアに戻せば、時間魔法の解除が出来る。

先ほどと同じようにアリアの額に手をかざすフェルティア。


『うん、かんぺきですー』


1つ頷き手を離す。疲れたとばかりに軽く首をマッサージ。そして大人の姿に戻る。


「…フェルティア様」

『起きませんか?騎士、有るまじきですね。ユリならすぐに回復し、行動に移すことができるというのに…』

「同意です」


ユリは頷きアリアを無造作に抱き上げる。

一度は廃人になったのだ、いくらアリアでもすぐには回復しない。ユリと一緒にされては可哀想である。

ユリに激しく揺すられるアリア。頭と身体が離れるのではないか、というところでフェルティアから声がかかる。


『ユリ、アリアが回復するまで待ちましょう。私は帰りますが、後のことは――』

「承知しました。早くお帰りください」

『…』


トゲのある返答にフェルティアが絶句する。

実はユリは、フェルティアのことが好きではない。嫌悪するほどではないが、嫌いな人物ではある。


『…嫌われたものね』

「お互い様、でしょうか」

『そうね…』


毅然な態度のユリに対し、フェルティアからは哀愁が漂う。

去ろうと瞼を閉じたフェルティア。


「フェルティア様」

『…なんでしょう』


こんどはユリから声がかかる。

呼び止められたフェルティアの声が、ほんの少し明るい。


「マリア様の口癖が、一向に直りません。フーアの影響でしょうか」

『フーア…ふふっ』


呼び止めた理由はマリアの口癖の件だった。

ユリの何気ない一言で笑顔になるフェルティア。

フーアとは幼女の姿をしていたフェルティアの名だ。亡くなるまでの数年間を、フーアとして生き、ユリが王都へ出向したいた時期に、自らは祖母と名乗らず、マリアの親戚として、三年間ほど一緒に過ごしたことがある。

年齢もマリアの1つ上と説明し、まるで姉妹のように過ごしたが、マリアは、大好きになったフェルティアの話し方を真似始め、フーア語スタイルで話すようになった。

フーアとしてのしゃべり方は、ある神からの助言によるものである。フェルティアはその助言に従ったが、その助言をした神をユリは嫌っているため、マリアの侍女に復帰した時、幼女姿で憎き神の信徒たるフェルティアと対立してしまう。

その後、なんとか和解はしたが、おバカなマリアがさらにバカ丸だしな話し方になり、改善しようにも、三年という月日で蓄積された『ですー』は、今現在も直らないままだ。


『マリアは、フーアが私だと気づきましたか?』

「いえ、いまだに再従姉妹だと思っています。先日、口癖をシネラちゃんとタマに指摘されても、マリア様自身が理解していないと判明しましたので」

『そろそろ、話してもよい時期、と言うことですか、ユリ…』


ユリの言いたいことがフェルティアには理解できた。『簡潔に』と目を細めて真剣な表情になる。


「はい。シネラちゃんのこともありますが、フェルティア様から授けられた調べが、はたして、有効なのかも確認する必要がございますので…。また、マリア様には、呪器を理解していただき、フォール王家の者として、アイナ神殿へ赴いてもらいます」

『…伝呪、氏入れの儀式、加護の御降、契呪。マリアには早いかもしれませんが、本物の迷い人を含めた儀式を受けたならば、伝承に書かれた"時空の旅人"がマリアなのか、そうでないのかが判りますね。わかりました、では、ルーには私から伝えておきます。ユリは引き続き御加護として、観照者の責務を果たしなさい』

「よろしくお願いいたします」


ユリは、いくらフェルティアを嫌っていても、目上の者に対する礼節は忘れない。フェルティアが軽く頷くと、ユリが「では、さっさとお帰りください」、と魔剣の鯉口を切る。


『ふふ…私は、何時になればユリと仲良くなれますかねぇ』

「ノルンが滅した後、フェルティア様を含めた信徒が、まともな神へと改宗した時、でしょうか?」


ユリの答えに『伝えておきます』とだけ言い、フェルティアは光を纏って姿を消した。


フェルティアの気配が無くなるとユリはアリアを起こしにかかる。


「起きてください、アリア様」


ガクガクと揺すられるアリア。あまりにも起きる素振りがないため、ユリは雷魔法を数発ほど撃ち込む。もちろん、死なない程度で。

三回目、アリアの目が開いた。「えう゛ぁらっ!!」と叫びながらユリへと殴りかかる。


「お元気そうで」

「元気そう、じゃないのよ!今の必要無かったでしょ!?」


怒りを顕わにするアリア。

実はアリアは、最初の魔法で気がつき、二回目で気絶させられ、三回目に再度目覚めた。

本人は二回だと思っているが、ユリは真顔で「念のため」と言うだけ。


「念の、って…もう、いいわ。お祖母様からお借りした時間魔法"逆時"を使うわよ。ユリは、私の手を握ってて…」


返環を行ったフェルティアは、アリアに一回限りの"逆時"を与えていた。

"逆時"即ち、時間を遡る魔法であり、時間の壁を越え、過去を改変できるこの魔法は、神、もしくはフェルティアのような肉体を持たない精神体でなければ、使用する前に肉体が爆散してしまう。普通の人では到底発動出来ない魔法だ。


「大丈夫ですよ、魔力は無尽蔵にあります。術式の構築に集中ください」

「ありがと…ユリの魔力は、少し安心感があるわね」


初めての魔法、人智を越えた力を扱うにあたり、アリアは不安にかられていた。ユリの助力を受けなければ、すぐに自分の肉体は崩壊してしまう。

ユリはフェルティアと同等の神格を与えられた、人界の准神の一人、そしてユリは御加護だ。御加護とは精神体と生命体のハイブリッドであり、人であり、精霊でもある。

ユリは魔力は無尽蔵だと言ったが、これは、精霊力を生物に合う魔力に変換出来るからだ。


ユリの魔力に包まれたアリアが術式を四方に魔法陣に転写し、"逆時"を発動する多重魔法陣を作り上げる。


「もし失敗したら、皆に伝えて。愛してる、って…」

「アリア様。地球ではそれを、死亡フラグと言います。大丈夫です。アリア様なら必ず一度で出来ます」

「…そうね。やるしかないわね。行くわよ!」

「はい!」


アリアのかけ声と同時に魔法陣が揺らぐ。

アリアとユリの身体も歪みだし、魔法陣の消滅とともに一筋の光となり、この空間から消滅した。





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