閑話:偉大なお祖母様・8
『――お待ちなさい』
ユリはアリアの鳩尾ギリギリで拳を止める。
「いぃー!!……ぃ…あら?」
「…だれ?」
『まずは闘気を鎮めなさい。佐々木友里…アリアも、呆けているのではありません』
「へ?」
「っ!?」
二人の前に女性が現れる。
後ろ向きの女性が現れると同時に、二人は床から足が離れ宙に浮かぶ。
『闘気を抑えなさい。負の感情に任せた力は己れのみならず他者をも巻き込みます。また繰り返すのですか、佐々木友里…』
「私は細谷です。佐々木では――!?」
「…うそっ…でしょ」
振り返った女性に驚く二人。
『ラル(魂)に刻まれた名は消えません。それよりもユリ…先ほどの力では、アリアのお腹に穴が開きますよ?まだまだ制御が甘いですね』
「申し訳ありません…」
キリッとした目付きでユリに諭す女性。鋭い目付きにユリも睨みを返す。ユリはこの女性が誰なのか一目でわかった。
フェルティア・メイス・スティフォール。アリア達三姉妹の祖母であり、6年前に天に召された方だ。
「お、ば…フェルお祖母様?」
『そうですよ?アリアは、私の顔を忘れてしまったのですか?』
「うぇ!?いえ、忘れることなどは…(ユリ、フェルお祖母様は天界で修行中のはずじゃ――)」
「(――私にもわかりません…しかも、お姿が――)」
互いの手を握り念話を交わすアリア達。
『修行ではなく、加護の監視です。この姿は、天界へと昇る過程で私に適した体に成りました。ユリの体と同じことですよ?』
「「…」」
ユリ達の念話はフェルティアに筒抜けであった。
黙りこくるユリとアリア。すでに手は離れており、互いの意思を念話で確認することはない。
『御加護のユリなら、なぜ私が現れたのか気づいていますね?…あの娘の加護は、ラトゥールには存在し得ないものですね?』
「…」
『返事が無いというのは、肯定ととらえます。然るべき対処を――』
フェルティアはユリ達から視線を外す。
ユリはこれから、フェルティアが何をするのかを直感で解り、畏縮していた体を動かし、シネラとフェルティアの間に雷華を抜いて構える。
『…私に剣を向けるということは、天界、剣神様への宣戦布告と見做します』
「…横暴な神に、シネラちゃんを渡すわけには、いきません!」
鬼神の如く、怒りの感情を刀身に乗せたユリ。冒険者界隈では最強と謡われる雷を纏ったユリの斬撃が放たれる。
しかし、フェルティアは焦りもせず、ユリの斬撃を躱す。
「帰雷!」
避けたはずの雷を纏った斬撃がフェルティアに襲いかかる。
だが、その攻撃は悪手だった。
叫んだままの体勢で動かないユリ。目の前には自身が放った斬撃が時が止まった様に静止している。
「…」
『いま解いたら、ユリは避けられるかしら?ねぇ、アリア…』
思考を巡らせているシネラの後ろに立ち、床にへたり込むアリアに訊ねるフェルティア。
アリアの時間魔法でさえ軽くレジストするユリが動かない。アリアは、フェルティアがユリを動けなくしたのだとすぐに理解したが、自分ではどうすることも出来ない。
「か、加護を理由に、シネラちゃんを天界へ連れて行く、お、おつもりですか…」
『つもりもなにも、生ある者が、天界に行ける訳がないですよ?』
「で、ですが、然るべき対処をすると…」
恐怖に苛む中、なんとか声を発するアリア。
フェルティアは然もありなん、と言った感じだ。
『勘違い、早とちり、思い込み…冷静に物事を読むことが大事だと、私は常々言いましたが――』
ユリの足元に魔法陣を発現させ、フェルティアが椅子に座り、埃を払う様に手を叩く。
『少しは、頭が冷えましたか?』
「…ええ。…また、女たらしに会うとは、アリほども思ってもみなかったですが…――」
再起動したゴーレムのようにユリは手足の間接を回しつつ、魔法陣を足踏み一つで書き消した。
そして、魔法陣から光が飛び出した瞬間を見逃さず、ユリはその光を鷲掴む。
『は、放せ!この、クソっ!』
「あなたごときに、天糸を付けられるとは――」
『きゃっ!?』
光を床に叩きつけたユリ。間髪容れず右足で踏みつけ、右手に魔力を纏い光を掴む。フェルティアが素知らぬ顔でユリと光を眺めている。
『メリム、おさがりなさい。不全な身ではユリには勝てませんよ?』
『嫌です!この娘は不敬ですよ!剣神様がお許しになさっても、私は容認しません!』
「容認なさらなくても結構です。不快な時間を提供していただき、ありがとうございました」
メリムと呼ばれる光は、音もなく消え去る。
ユリは握りしめた右手を開き、何事も無かったかのようにフェルティアの前へと進む。
「だ、大丈夫なの…メリム様は、精霊じゃ――」
アリアがぼそぼそと言っているが、ユリは気にも留めない。椅子に座るフェルティアの前で歩みを止め、腕を組んで睨みつける。
『何か?』
「たらし様より、『早急に解決せよ』、と言伝てを預かりました」
『なら、邪魔立てしないでいただきたいですね。時間を戻すには、神力を高めねばなりません』
「わかっております。その前に、シネラちゃんのことは、どこまでお調べに?」
『…外神の因子があるとだけは、確証がありますねぇ。間違いなく、ラトゥールに災いをもたらすでしょう』
そう言うとフェルティアは、静に目を瞑った。音もなく姿を変える。
その姿は、生前のフェルティアを知るユリとアリアの記憶と瓜二つの容姿。シネラを横に立たせたらいい勝負が出来そうな幼児の姿になった。
「お、お祖母様ー!」
『はなれりゅですー!』
「も、もち、もちもち〜♪」
『うっ…これだから、アリアのまえで、しゅがたをかえゆのはイヤだったです〜』
フェルティアを抱き上げ頬擦りするアリア。それを力一杯抵抗するフェルティアだが、騎士であるアリアの前では無意味。
「一度、神色を纏われて、再度戻られては?」
『です〜。そうするですー』
「もちも――…ぎぁわあーー!!」
ユリに助言を受け入れ、大人の姿に戻ったフェルティア。
アリアが奇声を上げてユリの後ろに隠れ、ユリに拘束される。
なぜ、アリアはフェルティアから離れたのか。それは、神々の纏う神色とよばれる気に、耐性が無いからである。
神色は、地上に生きる生物には畏怖され、気の小さき生物は死ぬこともある。
「え、なんで?」
目を白黒させて、今の状況が読み込めないアリア。
大人の姿のフェルティアがユリへ目配せする。ユリからアリアへ説明しろ、ということだろ。
「…アリア様。この空間は今、何者かに干渉されています」
「え、お祖母様じゃ――」
「いいえ、違います。たら、剣神が、フェルティア様を遣わせた理由は2つあると。 1つは、空間剥離。シネラちゃんが外神の加護により、アリア様の時間魔法から逃れ、独りだけ別の時間軸に隔離されました」
「外神…どんな神なのかしら」
「不明です。剣神はただ笑うだけで、教えていただけませんでした」
「そう…2つ目は?それも外神からの干渉?」
「いえ、人です」
「人!?ここには、私しか時空魔法の――!もちもち…」
幼児になったフェルティアを目で追うアリア。拘束されているので愛でることが出来ない。
暴れるのでユリの拘束にも軽く力が入る。
『まじめにきくですー。つぎのないようが、いちばんだいじです〜』
「いだだっ!きく、聞くから!」
『すなおでよろしいです〜。ユリ、たのみましたですぅ』
「わかりました。アリア様、そのままで聞いてください」
「聞くから!ちゃんと聞くから、きつめに間接きめないでよ!」




