閑話:偉大なお祖母様・7
「見えて、いたのですか…」
「ちなみにだが、表情とは…」
「えっとぉ――」
手を止め、シネラの次なる言葉を固唾を飲んで待つトリスティアとスミル。
「――たぶん女の人、何回か見たけど優しそうな表情だった…憑依した?雰囲気が違ったからそう見えたのかな…。今は何の話しをしてたの?」
「それは…」
「スミルさんと関係する人?」
「え、いぇ…」
「ピスシクレハン(同調性魔力融合・他意識残留魔法)は、魔法条令第14条"禁止、禁忌魔法類"に記された魔法で、禁令のはずだよ?」
「……」
観察力、洞察力の優れたシネラはトリスティアを困らせる。
シネラは一度気になり出すと、納得のいく答えを得るか、それを得られなくても自ら導きだそうする。
「引き潮…」
ユリがマリアとタマに指示をだす。
"引き潮"とは白猫の守護者内だけで通じる隠語で、全員で後退する又は指示した者のところまで下がれ、と言うものだ。
なので、今の指示は『シネラを連れて、指示者のところまで下がれ』という意味になる。
また、"満ち潮"と言うのもあるが、引き潮の逆の意味になるとだけ付け加えておく。
「えぇ〜」
「めんどくさいです〜」
ぼちぼちと着替え中の二人は嫌そうな顔をする。言うことを聞かない二人を睨み付けるユリ。着替え半分のマリアとタマは、すぐさまシネラの元へ向かう。
「はいはい、シネラ姉はあっちで着替えてねぇ。早く終わらせて、アイツを帰さないと〜」
「え、ちゃんと訊いとかないと――」
「――シネラ姉は細かいです〜。トリスが困ってるです〜」
「――細かくない〜!はなしてぇー!」
「なっ!?折れる!私の足が折れてしまいますよシネラ殿!?」
シネラを儀服に着替えさせるため、マリアとタマがシネラを迎えに来た。
シネラはとっさにスミルの足にしがみついてそれを拒み、スミルの右足がシネラの怪力により軋む。
「うぐぃぐぅぃ〜!」
「スミルさんごと引っ張れぇー!」
「重いーですー!」
「ひざ、膝がまがぅ――」
トリスティアの右目が気になって仕方ないシネラと、強引にスミルごと引きずるマリアとタマ。
涙目のスミル。さすがの騎士でもシネラの怪力には堪えきれないようで、後輩であるアリアに目で助けを求める。
アリアは「先輩、貸し一つです」と言いながら左手をシネラ達の上方へ向ける。
「ダ・ビスェリ、フォール、マゥーア、メイ・アリア…」
地下室がモノクロの世界に変わる。
いまこの部屋で動けるのはアリアとユリだけ。
「先輩なら自分で何とかできるでしょう。まあ、シネラちゃんだから仕方ないわね…」
「お手伝いいたします…」
「ありがと。やっぱりだけど、ユリには効かないのね…」
「…そうですね」
不満をこぼすアリアに対し、素っ気ない態度のユリはひとかたまりのシネラ達を一人づつ移動させていく。
アリアは時空魔法の一つ"時間魔法(多重圧縮重力単一時間同時並列式強化型魔法)"を使った。旧フォール王家の血族しか扱えない魔法、基本属性魔法では防ぎようの無い古代魔法に分類された魔法だ。
それでもユリだけは時空魔法が効かない。
「なんでかしらね、他の転移者は掛かるのに…」
『うぐぐぅ〜!』
「知りません…神にでも聞いてください」
『むむぐぅ〜!――』
「聴けたら良いわねぇ〜」
マリアを運ぶアリア、タマを運ぶユリ。
次にシネラとスミルを移動させようとしたが、シネラに手を伸ばしたユリが異変に気づく。
「私は聞きたくありません、耳が腐りま――!…シネラちゃん!?」
「うそっ!?まだ解いてないわよ!」
スミルの膝にしがみついているシネラは、瞼と歯を食い縛りながら『うむぅぅー!ぐぎうぅー!』と唸っている。
アリアとユリが驚愕した表情でその可愛らしい姿を見ているが、可愛らしいのを除けば本来あり得ないことが起きているのだ。
『――…ん?あれ?』
なにかに執着しだすと周りが見えなくなるシネラがやっと異変に気づく。
『静か…スミルさん?…マリア、タマ…ユリ、さん…どうしよぅ、みんな、いない…』
名前を呼びながら歩き回るシネラ。
「シネラちゃん――!?」
「――触れない!なんでなの!!?」
ユリの手が空を切るようにシネラの体を通りすぎる。アリアも手を伸ばす。しかし、シネラには触れなれない。
シネラだが、目の前にユリやアリアがいるのにまるで神隠しにも遭ったかの様に不安な表情で辺りを見回すが、しだいに焦りだし、皆の名前を呼ぶ声が大きくなる。
『トリスティアさん!…タマ!スミルさんどこに行ったのっ!…ユリさん!ユリさん!?――』
「アリア様!早く解除を!」
「やってるわよっ!」
皆の姿を探すシネラを追うユリが叫ぶ。しかし、アリアは時間魔法の解除ができない。
「まだですか!?」
「解けないのよ…何か別の魔法が上書きされてるの、こんなの初めて…」
「魔法の上書き…」
不安な表情でシネラを見つめるユリ。アリアは至って冷静であり、部屋の四隅を順次に確認する。
「…そう、誰かが異なる時間軸を私の時間軸に介入してる。しかも、この中のだれか…」
アリアは階段前で見えない壁に阻まれているシネラに顔を向ける。
「魔法障壁の反応じゃない…シネラちゃんだけが別の時間軸にいる。私の時間魔法には掛かって無いし、ユリみたいにレジストした痕跡も無い…」
「…加護の力」
「それしかないわね。未だに謎だらけの子だけど、あのまま泣かせたら可哀想だわ」
アリアがユリに向き直り大きく深呼吸を二回。そして、ユリの目を見て頷く。
「いきます」
「気絶すれば強制解除。顔は、無しよ?」
「歯を食い縛ってください。夕食を溢さぬように――」
『――――――』
「――うぶっ!!」
アリアを気絶させるとモノクロだった世界が色付く。
ユリは一瞬、目眩の様なものに襲われながらも、止まっていた時間が動き出すのを感じとる。
「――では、恙無く氏入れの儀を終えさせていただきます…」
「…ありがとうございます。カナエに、よろしくお伝えください…"三度目まで"だと」
「…仏の顔も、ですね。承りました…それではごきげんよう。ニハイ様の光を親愛なる女神、シネラ様へ――」
ユリに抱かれて寝息をたてているシネラにウララが手を伸ばした。
その手を無言で叩き落とすユリ。二人は無言の攻防を始める。
「アリアお姉様も寝てるです〜。立ったままです〜!器用過ぎですー♪」
「いやいや!?笑い事じゃないから!?泡吹いてるよ!泡っ!!」
「アリア!」
「「アリア様!」」
アリアへ駆け寄るトリスティアとエリー。スミルが前屈みに倒れるアリアを抱き止める。
「アリア!アリア!」
「あ…先輩、ありがとう、ございます。あまり揺すらないでください…」
「あ、すっすまない。よかったぁ…」
スミルに体を高速で揺すられたアリアが目を覚ます。
エリーが口元を拭い心配そうにしている。
「…アリア様」
「エリー…みんなも一度、上に戻りましょう。スミル先輩、肩をお借りします」
「…わかりました」
「歩けるか?」
スミルとエリーに支えられ、アリアは地下室を後にする。
そのあとをトリスティアが、トリスティアのあとをウララとユリが牽制しあいながら階段を上がっていく。
「なんだろう?すごく深刻そうな顔だったけど…アリアさん、大丈夫かなぁ?」
「ご飯、食べ過ぎたんです〜!」
「…マリアに"呪器"は重いなぁ…」
「なにか言ったです〜?」
「ん、なんでもない。私たちも行こっ!」




