弐(1)
朝起きて顔を洗って着替えると俺はハジメの店に向かった。
朝イチ寒い…。
俺は羽織っていたストールを二重に巻くとそれに首を埋めた。
多少あたたかい。
「おはよー」
ちょうど店の鍵を開けているハジメが見えたので挨拶する。
ハジメはふと笑ってこちらを向いた。
「おはよう、眠そうだな」
「いや、これでも頭は起きてる方だよ」
いつもなら確実に寝てる時間だもの。
でも頭は冴えてて目も冴えてる。
ただ身体が慣れなくてのっそりとした動きになる。
「んじゃ、お願いします」
「はーい」
俺は前回盛った5つの盛り塩を回収すると店の蛇口でそれを流した。
その後蛇口隣の引き出しから盛り塩用の円錐の木の器を出す。
これに塩をいれれば簡単に盛り塩をつくれる優れものである。
それにハジメが出してくれた粗塩をいれて盛り塩をまた5つつくる。
そしてそれを決めた位置に置き、その置いた位置を線で結んだ外から手だけをいれて祝詞を唱える。
澄んでいくのがわかる。
と、何か現れた。
顔をあげる。
…でかい龍がいる。
「何か御用ですか?」
『ここは気持ちが良い。私はここにいたい』
「それは…まぁ…でも俺は決められませんよ」
『家人じゃないんだろう?知っている』
「あ、翻訳させようとしてます?」
『そう』
目の前の金色にも似た色の白く大きな龍はどうやらハジメの喫茶店が気に入ったようでここを住む所としたいらしい。
勝手に住みつくことも多いのに翻訳させようとしてるってことはなんか願いがあるんだろう。
お察しだけど。
「ハジメ、あのなー」
「なんかいるのな」
ハジメから見たらひとりでぶつぶつ喋ってるようにみえただろうに俺がハジメに話しかけるまで待っていてくれる昔馴染みの友の優しさ…。
身にしみる…。
「そう、綺麗な白金の龍がいるんだよ。大きいんだけど。で、ここにいたいそうなんだよ」
「龍ってどういうものなんだっけ?」
「んー、運をあげてくれるものかなぁ。ただ自分の努力も必要。術者だったら他にも色々使うけどハジメはそんなわけじゃないし、ただ護ってくれるものだね」
「それってなんでそういうことしてくれるの?」
「龍もね、徳を積みたいんだよ。だから徳積みを手伝ってくれる人間を探してるの。ん?でもこの龍場所が気に入ったって言ったなぁ。人は関係ないです?」
『あるに決まってるだろう。だからお前を通して話してるんだろ。その者がいるからこの場がいい場になっているのだろう』
「あ、ハイ。すみません。…お前のこと気に入ったんだって。運気あげてお前も周りもさらによくなる手伝いがしたいんだと思うよ。どーう?」
「ありがたい話だねぇ。お客さんもちょいちょい運気あげてくれるの?」
『そういうお前だから気に入った』
「そういうお前だから気に入ったんだって。してくれると思うよ」
「ぜひお願いしたいです」
「ということで…どうですか?」
『わかってるんだろう?お前を使った意味』
「やー…わかってはいるんですけど一応明確にしてもらえませんかね?」
『まつれ』
「ですよね。なんかこう神棚的なものっていりますか?」
『毎日感謝の言葉をくれればそれでいい』
「え、そんなんでいいの?」
祀ることが条件だとは思ってた。
こういうものは祀られることで己のエネルギーをあげるのだ。
ただ感謝だけでいいなんて祀り方ゆるい。
いや、確かに感謝だけで充分というのもわかるのだけど。
「あのね、ハジメ。この龍さん、ハジメに祀って欲しいんだって。でも特別物質的な何かが欲しいわけじゃなく、感謝の言葉が毎日欲しいんだって」
「へぇー…お安い御用です。感謝は毎日してますからね〜。あ、でも何もないところにいうのもなんか気分出ないからソウにお願いなんですが」
「ハイ」
「いらっしゃる龍さんに似た置物買ってきてもらえる?それに向かって感謝するってことでどうだろ?」
龍をちらりとみると嬉しそうにしている。
うーん、ハジメは異界のモノすら喜ばせるのが得意なんだなぁ。
何も言われなくても一歩上のサービスをするもんなぁ。
しかも自然に本人何も気負わずに。
こういうところが龍に好かれるんだろうなぁ。
「んー、わかりましたよ。じゃあ買ってくるね。で、俺結界結び終わってないんですけど結ぶ前に現れたってことは手伝ってくれるってことでいいんでしょうか?」
『ああ』
そう言って白龍はくるりと廻る。
その龍に力を貸してもらう言霊をいれる。
「かの龍よ、力を貸したまえ。星の巡りめぐりて黒きを地に還すもの。力を天より与えるもの。めぐり巡りて輪になりて、和か(にこやか)なり。龍よ、飛び抜け力となれ。素晴らしく飛躍せよ」
手を二回払いもう一度結界に触る。
よし、終わり。
「じゃ、終わりましたので。よろしくお願いします」
龍にぺこりと頭を下げる。
力を貸すと言ってくれたのは向こうだし、俺の為の結界ではないが、俺の仕事を手伝ってもらった礼はせねばならない。
ま、今からたくさんつかわれるんだろうなぁ…。俺。
神だの龍だの仏だのそういうものは霊能者使いが荒い…。
まぁ、それ受け容れるって決めて生きてますからね。
仕方ないのですよね。
ハジメの方に向き直る。
「てわけで今日から龍さんがいます。助けてもらうといいよ。声がきこえなくてもみえなくてもわからなくても、感謝して。俺もちょいちょい来るし」
「ん、ありがとう。お礼いつもので足りる?」
「あー、後で置物みにいくからそれの代金と手数料一緒に請求するわ」
「了解。頼むな」
ぽんぽんと肩を叩かれる。
あたたかい氣だ。
こいつは昔からほんっと気持ちのいい奴なんだよな。
俺のいうこと信じてくれるのも俺は救われてる。
「んじゃまた連絡する」
封筒にいれられた代金を貰い、俺はハジメの喫茶店を後にした。
朝から大仕事だった。
寝直したい…。
とにかく早くうちに帰ろう。
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