壱(4)
家に入る前にポケットにいれてある紙の包みを取り出す。中身は塩だ。
それを頭から自分にふりかける。
一応念のためだ。
それから鍵をあけて玄関を開けると陽女さんが立っていた。
「待ってた?」
「なんとなくそろそろかと思ったから。その様子だと終わったのですよね。欲しいものはお風呂とお肉であってますか?」
「あってます」
さすが奥さんである。
陽女さんは自分が持っていた乳鉢ととっくりを渡してくれた。
乳鉢の中身は陽女さん特製のバスソルトだ。
ハーブやら精油やらがはいっていてリラックス効果がある。
とっくりは浄化用の日本酒だろう。
「ありがとう」
「入っている間にお肉用意しとくから…少しでいいです?」
「いいです。嬉しいです」
「喜んでもらえるようで私も嬉しい」
そう言ってふわりと花のように笑う。
うちの奥さん可愛い。
撫でくりまわしたくなる気持ちをぐっと抑えて俺は風呂に向かった。
お湯を浴びてバスソルトで頭や身体をこする。
浄化される。
気持ちいい。
その後日本酒を浴びて湯船に残りのバスソルトと日本酒をいれる。
お風呂入れなおしてくれたんだ。
俺さっきも1番風呂もらったのに。
ありがたい。
さっきと違って今度はゆっくり身体が芯から温まるまで入った。
今日の依頼人みたいなことは最近多い。
憑き物と言えるくらいの陰気。
しかも自分の気だ。
自分で自分を呪ってしまうくらいの陰気を受けるような心を持ってる人がいるってことだ。
ある程度陰気を持つのは普通だ。
この世は陰陽のバランスの上にある。
いいこともあれば悪いこともあるのだ。
それだけのことだから悪いことがあってもそんなに注視しなくていい。
そこに注視し続けるとバランスが崩れるくらい陰気に偏ってしまうのだ。
世の中、いいこともいっぱいあるはずだけどなぁ。
俺は今日もしあわせだった。
家族とたくさん話しながら食事ができたし
口に運ぶものはみんなうまかった。
こうしてあたたかい風呂にはいれているし
この後柔らかな布団で奥さんや子ども達と寝れる。
仕事もある程度スムーズにすんだし、友人と話すこともできた。
しあわせだ。
しあわせだけにフォーカスする必要もないけどしあわせな時はしあわせを噛みしめればいい。
不安なときは不安を感じていればいいしその時その時の感情がある。
それだけのことで当たり前のことなんだけどな。
さて、と。
風呂、あがろう。
俺はお湯でちゃぷちゃぷと顔を洗うと湯船から出た。
タオルで拭いてパジャマを着る。
リビングに行くと陽女さんが小さなステーキを焼いてくれていた。
グラスの中に梅酒がロックで入っている。
陽女さんが漬けてくれた梅酒だ。
席について手をあわせる。
「いただきます」
「どうぞめしあがれ。仕事はどうでした?」
「ん、自分の陰気にのまれてたから気廻ししてきた。しばらく大丈夫だろうけどあれは本人が変わらないことには何度でものまれるからなぁ…本人次第だよ」
「なるほど。おつかれさまでした」
「陽女さんこそ待っててくれてありがとう」
「うふふ、少し寝ちゃったの。でもなんとなく帰ってくるなって起きたのよ」
「そうだったんだ。なんか嬉しいね」
陽女さんの察知能力は高い。
俺とは繋がりが深いから意識してなくても察知できるのだろう。
繋がりの深さが現れてるようで俺はそれがとても嬉しい。
「宗一郎さん、明日の予定は?」
「とりあえず6時にハジメのカフェの結界紡いでくるから5時に起きたいのだけど起こしてくれる?」
「う、ハイ。でも自分でも起きてくださいね」
「はい、頑張ります」
陽女さんは頑張ってくれるが朝が少し弱いのだ。
仕方ないことである。
美味しいステーキと梅酒と野菜の付け合わせを食べながら話しをしていると日付が変わる前の時間になってしまった。
やばい。
早く寝なきゃ。
「陽女さん、遅くまでありがとう。ごちそうさま」
「お粗末さまでした」
そう言って食器を下げて洗ってくれる。
俺はその間に歯を磨いて寝床を整える。
和室の真ん中に大きな布団が1つとその両端に小さい布団が2つ。
小さい布団の右端には咲龍が。左端には八重が寝ている。
俺は間の布団のの皺をのばすとその中に入った。その後から陽女さんが入る。
「おやすみ」
「おやすみなさい、いい夢を」
ぎゅっと陽女さんの小さな手を握って俺は眠りについた。
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