壱(3)
そうしているとガラスのコーヒーポットと自分のマグカップを持ったハジメが入ってきた。
「で、なんだったの?」
「お前、店いいの?」
「斎藤さんいるから」
「そうか。あー…いつものだよ。自分の陰気にのまれたってやつ。おかわりください」
そういってカップを差し出すとそれにコーヒーポットからコーヒーを注いでくれる。
そうしながらハジメは嫌そうな顔をした。
「またか?」
「まただ。最近多いな」
「あいつかねぇ」
「ん、んーまぁでも直接あいつって訳ではないと思う。関わってたとしても下っ端の仕事だろ。あいつはもうこんな細かいことしないよ」
呪いというのはある。
人を嫌な気分にするものをちょっと積み上げとけばいいのだ。
それをするだけでそれを見聞きする人間はさっきの依頼人のようになる。
といっても自分をしっかり持ってれば効かないくらいのささやかな呪いだ。
「ふぅん、そんなものか。俺からしたら彼女の陰気もすげー嫌な感じしたけどね」
「それな。あいつが関わってるかどうかは別として、あんな陰気が出る人間がふつーにいるってのは嘆かわしく思うよ、俺も。それこそ何も感じない人でもなんか嫌だなって思わせる気だ。だから彼女いろんなことがうまくいかなかったんだろうけど」
「でもそういうのはさ、時期とかもあるんだろ?」
「まあなぁ…でも仮に時期だったとしてもハジメにまでわかるような陰気ってやっぱりなぁって感じだろ」
「まぁ、俺も色んなお客さん見るから人を見る眼は肥えてるだろうけど、そんでも傍目からみた俺がわかるんだから喋ったり関わったりする人たちは相当だろうな…。お前のお客さんじゃなくても、あ、って思う人いるもんなぁ。ああ、そうそうそんな人たちの為の結界どうですかね、先生」
「あー、明日の朝イチなおしにくるよ。最近お客多い?」
「前より多いけどそれよりそういった人が多いのが多分原因」
ハジメの店はハジメの希望で
陰気をとってあの世に送る結界を張っている。
結界というか装置というか…。
まぁそれでお客さんに少しでも軽くなって帰って欲しいんだそうだ。
おかげさまでハジメの店は一部ではパワースポットと呼ばれているようだ。
何よりである。
結界なくてもハジメの店のものはなんでも美味しい。
それだけで充分なパワースポットだと俺は思うけどね。
その結界が前はひと月に1回紡げばよかったのに最近じゃ2週間に1回だ。
そういう人が多い…か。
確かにハジメの言う通り時期的なものっていうのはもちろんある。
でもそれで納得できないほど多いっていうのが気になる。
やっぱり故意にこういうことを起こしてる奴がいる。
多分、あいつ。
俺達の同級生だったあいつだ。
あいつは世界を呪ってる。
呪いは…呪いたい気持ちは…わかる。
わかっちゃいけないんだろうけど。
でも呪う世界っていうのは正常じゃない。
呪いっていうのは古い時代の異物だ。
もうこの時代にはいらない。
俺はそう思ってる。
「さて、じゃあ明日来るわ。開店前がいいから6時な」
「うん、頼んだ。おやすみ」
「おやすみー」
俺は立ち上がるとコーヒー代を渡して店をたった。
22時を過ぎて闇が深くなっている。
月が傾いてそれでも煌々と輝いていた。
あいつは
椿は
今晩、どこで何をしているのだろう。
未だ世界を呪っているだろう、あいつ。
俺が鬼にしてしまった、あいつ。
ジーンズのポケットに手を突っ込んで身を丸めた。
少し寒い。
寒いし暗いからあいつを思い出してしまうのだ。
はやく家に帰って風呂に入り直そう。
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