参(8)
「いや、もうびっくりするくらいちっとも!もともと人をあんまり好きになることもなかったし、なんでもそこそこ出来て手堅く公務員になってそれがあってて、まぁ今日みたいな日もあるけど、くそ忙しい日が多くて、まぁ、それはまだ若いからなんだけどさ、公務員20代30代ほんと頑張り時だから、地域にもよるかもだけど…」
おお、あんまりきかない話だ。
麻井とは中学からの付き合いだけど高校は離れたし
それでもたまに会いはしたし連絡だってとるけど
こういう話をあんまりするやつじゃない。
参ってるんだなぁ。
早口だしなぁ。
「俺は別にしなくてもいいと思うけどね。した方が楽なこともあるしした方が苦労することもあるけどどっちを選ぶかってだけで」
それだけ言ってもう一口ホットサンドを食べると麻井がじっとみてくる。
あ、これ続き求められてるやつね。
俺は口を動かしてそれを飲み込むとココアを飲んで口を流した。
「昔むかしからの営みでね、俺たちが産まれてきたのは昔むかしから命を繋いできてくれた人がいたから。その道っていうのは大半の人が経過してきた道だし、俺らの親なんかは絶対その道を通ってるわけ、なんてったって俺らの親になってるわけだからね。でも多数が正しいわけじゃないだろ?」
「ていうか生き方に正しさないしな」
ハジメが俺の言葉に付け足すように言う。
「ほんとそれな。だけどみんなやってることだからって言っちゃう人もいるんだよね。これがひとりでいることの煩わしさよな。あとたまに寂しい。
でも家族がいても寂しいひともいるしひとりでいることとは違う煩わしさもあるわけだ。
どっちを選ぶか何を選ぶかってだけだろ。
まぁ俺は陽女さんに色々任せてしまっているからあんまり偉そうなことも言えないけれど、麻井みたいにたくさん働いてくれる人も今までの世にたくさんいただろうしそれでお前がその生き方があってるっていうなら親にすら口出しされる謂れはないわけよ。同僚とか持っての他だしさらに他人なら余計なお世話よな。
親なんかはしあわせになって欲しいって気持ちなんだろうからまぁうんって感じだけど
しあわせが多様化しててそれを認め合える社会になりつつあんのかなと思うからさ
ていうかそうなればいいよねって俺は思ってます。
とか恥ずかしいことを語ってしまったわけですけれど
でもほんとそれでさ。
麻井みたいにばりばりなんて俺働けないし、社会の役に立ってて自分も満足してるんだからそれに越したことってないんだよな。
でも家族や職場ってやっぱり大切なものだし社会の小さな単位だからわかりあえたほうがいいとは思うけれど。
捨てるのは簡単だけど認め合えるともっといいよねぇ」
そう言ってホットサンドの残りを食べて麻井をみると項垂れている。
そうよなぁ。
麻井みたいに賢くてコミュニケーションとれるやつがこの解にいきついてないわけないんだよなぁ。
解がわかっていてもその過程の証明が難しいんだよなぁ。
「長くいいましたが俺はお前を尊敬してますよってことですよ。ハジメのことも」
「もう、ほんと桃瀬は昔からそういう恥ずかしいこと言うよね〜、普段何も言わないくせに」
「いえいえ大人になりましたから普段も色々言うようになりましたよ」
そう言って笑うとそれもそうかと麻井も笑ってくれた。
いいようになるといいけどねぇ。
ああ、食べたら胃が動いてきたのか腹が減ってきた。
「とりあえず、俺帰るね。麻井、また分かり次第報告しますでいいんでしょ?」
「はい、いいです。おつかれさまでした」
「ハジメ、お勘定」
「奢るよ?」
「いや、奢ってもらうほどのことしてないしいいわ。またそちらの続報もお待ちしております」
そう言って麻井の申し出を突っぱねハジメに千円札を渡して会計を待った。
レジからお釣りを持ってきたハジメがにこにこしている。
「飯が楽しみなの隠しきれてないぞ」
「ここのご飯は美味しいですけど陽女さんのご飯に勝るものはないですよ」
「そういう話きくと結婚したくなるけどねぇ。仲良しで何よりですよ」
「いやいや、それは陽女さんが努力してくれてるからだよ。俺なんて全然」
お恥ずかしながら。
本当御先祖さまたちが口を揃えて言うようにうちの嫁はよくできた嫁なんです。
甘えてる俺はお恥ずかしいことです。
今度どうやってかえそうかな。
何がいいんだろう。
「…こいつって嫁さんのこと考えるたびにこうなの?」
「わりとこうよ。意外だろ?俺は慣れた」
「何?こうって?」
「にやにやしてるよ、しあわせなんだろ?」
しあわせ
しあわせか。
うん、しあわせなんだろうな。
陽女さんや子ども達のことを考えると心があたたかくなる。
これをしあわせと呼ばずに何をしあわせと呼ぶのか。
「そうだな」
ただ俺がこれを享受していていいものなのか
いつも不安にもなるのだけれども。
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