参(7)
ふぅ、と息を吐くとハジメがココアを持ってきてくれた。
俺の前にそれを置く。
それをみて俺はその横に突っ伏した。
「ホットサンド追加で」
「何、そんなやばい?」
「え、何を持ってそんなやばいって基準になってる?」
「こいつ、基本的に珈琲。ココアの時はなんか氣をつかってきた後。仕事後に腹が減っても家に帰れば陽女ちゃんのごはんたらおやつたらがあるからうちではたまにしか食べないのに夕方のこのタイミングで食べ物まで食べるってことは相当しんどい仕事のとき」
「あら、やだ、そんなしんどかった?やっぱ俺にはわからんなぁ。変だなとは思うけど」
「やぁ、羨ましい。でもそういうのがしんどいってわかるのも仕事のうちなんで、対処法さえ知ってれば大丈夫。ハジメさん、ホットサンドはよ」
そう言うとハジメは少し身体を傾けて壁の向こうのカウンターにいるバイトの斉藤さんにホットサンドひとつーと声をかけた。
いるつもりなんかい。
いや、もう仕事の話も終わったし旧友ののんびりタイムですからいてもらっていいですけどね。
とりあえず俺は身体を起こして目の前のココアを口にする。
甘い…。
はぁー、助かる…。
生きかえる。
指の先までじんわりと痺れるように効いているのがわかる。
思った以上におつかれ、俺。
まぁ呪いと対峙したんだもんなぁ。
疲れるよな。
気もめっちゃつかったしな。
これ、解決していく中でどうやってくのがいいんだろうなぁ。
食べ物で補うか、結界強くすんのか、どう仕事やってくかも重要だな。
悩み尽きない案件だな…。
「俺はホットサンド食べてから帰るけど麻井は市役所帰らなくていいの?」
「ん?もう就業時間終わるしこのまま直帰。本当なら帰って仕事したいけど今日ノー残業デーだから」
「そんなものが」
「役所からみなさんに就業体制の見本みせてかないとって趣旨だからな。まぁ、仕事ある時はなかなか帰れないこともあるけどね。そんでもノー残業デーとか有給取得とか守らなきゃだから仕事の仕方も頭使わないとまわらないんだよね」
「わぁ、それはおつかれさまです」
「いえいえ、俺は役所の仕事あってるみたいだからそういうのに頭使うのもあんまり苦じゃない。
休みにメリハリつけられるところとか好きよ」
まぁ何があってるかはそれぞれだもんな。
逆に俺みたいな仕事は
いつも休みでいつも休みじゃないみたいな感じだから
麻井のいうようなメリハリはない。
つけた方が良いんだろうけどね。
仕事があってもなくても仕事はあるのだ。
勉強したり感覚磨いたり
今回みたいに依頼にならない仕事もある。
それでも
自分でやると決めてやっていることだから
俺もそれでいいのだけど。
「ホットサンドです」
小さいけれど通る声で斉藤さんが声をかけてくれ机にホットサンドを置いてくれた。
ハジメに珈琲もある。
なんて気がきくバイトなんだろう斉藤さん。
大学生の女の子だというのに言われたこと以上のことがすっとできる。
見た目も大学生なのに派手にしておらず黒髪をひとつに結んで清潔感がある。
特別美人なわけではないが
すっと通った鼻と優しい二重で
笑いかけられると嬉しい子だ。
「ありがとう」
俺はそう言って彼女に笑いかけた。
彼女も笑い返してカウンターに戻っていく。
そんな俺を麻井が不満そうな顔でみた。
「奥さんいるのに」
「いやいや、店員さんにお礼を言うのは人として当然…ではないけど俺は推奨したい行為だから」
「いやいやおじさんでれっとしてた」
そういう麻井に
え、まじで?
と自分の顔を触る。
いや、でれっとっていうか
それこそ
ほら
もうおじさんだから
若い子微笑ましいな
くらいの気持ちなんだけど
でれっとしてたかな…。
俺が首を傾げて自分の頰を触っていると
麻井が
冗談だよ
と声をかけてきた。
冗談か。
斉藤さんと今後気まずいことになるかと思った。
「そう、な。奥さん、な」
「ん?」
俺は運ばれてきたホットサンドを一口かじって返事をする。
麻井の顔はほんのりくらい。
珍しい、こんな顔するなんて。
「や、俺ももういい歳だろ。
ていうかいい歳はちょっと過ぎただろ。
ふたりは奥さんも子どももいるもんな。
結婚な…」
「したいのか?」
ハジメがきくと麻井は自嘲気味に笑って首をふる。
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