参(2)
家に帰り肩と足を手で払って家に入る。
「おかえりなさい・・・どうかしたんですか?」
俺の顔をみて陽女さんが訊ねる。
よほど顔に動揺が出ているのだろう。
「もうほんと、めちゃくちゃやばい案件引き受けちゃった。お風呂入る時間ないからシャワーで済ますけど酒と塩用意してもらっていい?あと先祖の間に寄ります。それから黒い着物出してください。帰りの時の塩と家の前で入る前に使う塩を門前に置いておいてください」
「黒い着物でいいんですか?」
「正式案件になって必要になったら正式の着物着ます」
それだけ言って風呂に向かう。
脱いでいると扉の向こうから塩と酒を乗せた盆が差し入れられた。
事情を説明したいところだが事情を話せるほど俺もわかってない。
わかってるのはやばいってことだけだ。
さっと身体と頭を洗い頭の先から足の先まで塩を塗り込み酒を浴びシャワーを浴びて流す。
簡易結界だ。
少しでも自分のすることの負担を減らす為に道具を使うのだ。
それから陽女さんが用意してくれた黒い着物をきて灰色の帯を締め髪を乾かし奥の間に向かう。
先祖の間だ。
仏壇でも神棚でもなくうちには独自の先祖の間がある。
うちの先祖は喋る。
と言っても
うちの者は全員ここに眠っているが話すことができるのは修行を終えた者だけだ。
知識が豊富で魂の修行を終わらせた者しかここで喋り生きてる者に助言を渡すことはできない。
我が父母は知識は豊富であったが魂の修行を終えてないので話すことはできない。
「こんにちは」
俺が部屋に入りそういうと先祖たちがこちらをみる。
だいたい仏頂面の厳つい爺さんばかりだ。
たまに活躍したのであろう婆さんもいる。
仏頂面ではあるが修行を終えた方たちだから根はとても優しいのだけれども。
『お前は本当に困った時かたまにしか顔をみせんの。この部屋のことも嫁にばかり任せおって。嫁は本当にお前にはもったいないよくできた嫁じゃ。助言求めるならお前ももう少し祈りを捧げにこんか』
我が家の三代目がそう仰る。
平安時代の方だ。
この方はよく喋るし説教もする。
「すみません。話長いんですもん」
『お前がたまにしかこんから話も長くなる』
ごもっともである。
確かに先祖の話は勉強になるのだけれども俺も俺だけのものを見つけなければならない時期でもあると思うのでわざと離れているのだ。
反抗期みたいなものである。
向こうもそれもわかっているのでこれ以上は言わない。
『それで・・・不死者か?』
ご先祖さまにはなんだって筒抜けである。
俺のまわりにいる一族の使い魔が報告するからである。
「俺もみてないからなんとも言えないんですがこれ不死者ですかね?」
『違う感じはするな、妖とも違うしな』
「一度死んでますもんね」
『反魂の術みたいだな』
「あれって骨に危ない薬つけこんで2週間くらいなんやらかんやらやって今でいうゾンビみたいなものつくるやつですよね」
『とりあえず見てこい』
「ですね、何かいるモノありますでしょうか?」
『死の香りをつけない、これをした者に悟られない、そういう準備だな』
やっぱりだいたい俺の判断と同じだな。
死の香りをつけないは塩と酒で氣を厚くし帰りに塩をまくことでできる。
悟られないは術を編んでくか惑わすか見てから決めるか。
「ありがとうございます、行ってきます」
確認できてよかった。
俺は先祖の間を閉めようとした。
が、その中のひとりの女性に声をかけられる。
『待て、着物はやめた方がいい。学友と同じものを着ていけ』
シャツとスラックスのことかな。
先読みの能力がある方だったと思うから何かを見越しての助言だな。
俺はわかりましたと答えて頭を下げ部屋を出る。
自室に入ると着物を脱いで
シャツと濃い紺のスラックスをはきなおした。
そして玄関に出る。
そうすると居間から陽女さんが出てきた。
「あら、お着物では?」
「先祖の間で助言されて。せっかく出してくれたのにごめん。片付けておいてもらえますか?」
「あらあら、そうだったのですね、わかりました」
にこりと笑うと俺の身体を前に向かせてくれた。
本当にご先祖さま達の言う通り俺にはもったいない奥さんである。
また御礼しなきゃ。
そう考えている俺の肩をぽんぽんと叩き
靴を履いた俺に切り火を切ってくれる。
「いってらっしゃい、お気をつけて」
「いってきます、ありがとう」
振り向くことなく礼を言って俺は家の門を出た。
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