弐(6)
早くないか?
確かにうちの子ならぶち当たる問題ではあるのだ。
俺も身に覚えがある。
囁かれるのだ。
ひそひそ、ひそひそと。
あいつの家は悪いぞ
と。
うちはもうずっとこの地で祓い屋の仕事をしている。
ただ祓いが何か知らない者にとっては怪しげなことをしていることに違いないのだ。
わからない者にわかってよと求められる職業ではない。
ああ、八重が見ている。
俺は一瞬にして冷え切った手を湯呑みに当てあたためひと息つくと言葉を丁寧に選んで紡いだ。
「誰かに言われた、んだよな。その口ぶりは」
「うん」
「辛かったろう」
「うん」
「でも父さんは謝らないよ。うちは誰も呪ってないからな。先祖代々誰も呪っていない。むしろうちは呪いを解く仕事をしているんだよ。でもな、それは理解できない人もいるんだ。そういう人には全部一緒で怪しいんだ。だからその人も悪くないんだ。わかるか?」
「わからない。うちは悪くないんでしょ!」
「うん、でもその人も悪くない。そうだろ?八重を傷つけたことはその人は悪いかもしれない。でも相手は悪いことしてない。わかるか?」
「わからない」
「相手はただ知ってること思ってることを言っただけだ。それ自体は悪い?」
「悪くない」
「そうだね」
「それで八重はどうしたい?」
「わかんない…。ただ悲しかった。酷いと思った。優しいお父さんなのに人に酷いことしてるなんて嘘をついて、酷いと思ったよぉ!!!」
わーんと大声をあげて泣き出す。
今まで我慢してたんだな。
ほんとに悪いことをした。
気が澱んでしまっていたのは辛い気持ちに出口がなかったからだ。
とんとんと泣きじゃくる八重の背を叩く。
ひっくひっくとしゃっくりをあげる我が娘の小さいこと。
大きくなったけどまだまだ小さい。
それでも彼女にも人間関係があって傷ついているのだ。
でもどうすることもできない。
わかる人間とわからない人間の溝は埋まらない。
俺はそう思って過ごしてきた。
…本当にそうだったんだろうか。
確かに俺の幼少期はそうだった。
でも中学高校大学と進んでわかってくれた奴もいたじゃないか。
いやでも遠い人間も多かった。
陽女さんはどうだったのだろう。
友達は多かったのかな。
本当に祓い屋の子どもは理解されないのだろうか?
友達もつくらず人と距離を置いて過ごさねばならないのだろうか?
「ねぇ、八重。君はどうしたい?人間が嫌いだから遠ざけたい?それともみんなと仲良くしたい?」
「酷いと思ったよ、でも仲良くしたいんだよ。だって誰も悪くないんでしょ?」
そうだ、誰も悪くない。
認識の違いがあるってだけなんだ。
「八重はすごいな。どうしたら仲良くできるか考えてみよう」
もちろん小学校で教えるような「みんなと」仲良くすることなんて不可能だ。
いや、不可能じゃないのかもしれないけれど。
でもそれはすごく疲れるだろう。
そういう才能があればいいのだろうけど。
でも傷つけた相手とでも仲良くしたいと思えるこの子は多分かなり才能がある。
そうか。
俺の子どもだけど本当に俺とは違う生き物なんだな。
俺はそうなったとき
ヒトを嫌いになった。
だから俺はひとりになった。
でもそれも今思えば苦しかったな。
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