壱(1)
俺が鬼にしてしまった男は
いつからか日本を呪いはじめた。
昼下がり。
自宅の書斎で椅子に腰をかけ本を読む。
何十回と読んだ呪いの本だ。
曽祖父の代より前からあるこの本は我が家の何代にも続く祓屋達に読まれ続けもうぼろぼろだ。
ただそれだけこの本にはあらゆる呪いがかいてある。
俺の仕事は呪いをかけること。
ではなく
それを解くことだ。
あとは浄霊除霊。
いわゆるみえない関係のトラブルを解決する者。
俺のうちは代々その家系で俺はもう何代目だっただろうか。
自分が何代目かにはあまり興味がない。
何代目であっても俺はこの職を継いだだろうしそれ以外に生き方がやはりわからなかった。
視えるし祓えるからだ。
視えるは何も特別なことじゃない。
視える人間など実はたくさんいる。
しかし祓える人間となるとこれは以外と少ない。
そして俺は祓えない人間をそのままにしておいて生きていけるほど器用な人間ではなかったのだ。
残念ながら。
「宗さん、お茶淹れましたけどのみますか?」
奥さんの陽女さんが扉から顔をみせる。
その手には朱色の丸い盆がありティーポットとティーカップが2つのっていた。
俺は本をとじると彼女に笑いかけた。
「ありがとう」
「いいえ」
彼女もにこりと笑い目の前の机にティーカップを置きポットの中身を注いでくれた。
香りがあたりに拡がる。
この香りはアールグレイだろうか。
琥珀色の液体をみつめていると彼女が桃色の唇を開いた。
「アールグレイです。宗さん、今日のお仕事は20時からよね?」
「うん、ご飯食べてから出ていくよ。お願いできる?」
「早めのご飯だとみんなで一緒に食べられて嬉しいわ」
ふわりと彼女は笑ってお茶に口をつける。
俺も一口それを喉に運ぶ。
あたたかい。
美味しい。
彼女の淹れてくれるお茶は本当にあたたかくなる。
お茶だけでなくごはんも。
彼女のあたたかな優しい氣の味だ。
「美味しいよ、ありがとう」
「ふふ、どういたしまして。お仕事は何か手伝えることがありますか?」
にこりと笑う彼女。
彼女もうちとは違う祓屋の家の出だ。
手伝ってもらうこともある。
が、今回はわからない。
「今日依頼をきいてからだね。多分俺ひとりで大丈夫。そんな感じ」
どんな内容かまではわからないがなんとなくどんなくらいの仕事かは勘でわかる。
そういうものなのだ。
俺ひとりでできない仕事のときは彼女にも来てもらったりもするが基本的にひとりでする。
外で俺を手伝うより家を護って欲しい。
色んな意味で。
うちには子どももいるしね。
「たーだいまー!」
男の子の大きな声が響く。
息子だ。
ドタドタと走る足音がたまに止まったり扉を開けたり閉めたりしている。
こちらを探しているのだろう。
「咲龍、本の部屋だよ」
少し大きめの声でそう呼ぶと一直線に足音がこの部屋に向かい始めた。
「ただいま!お父さん、お母さん!お腹すいたー!」
おやつをねだっているのだろう。
だがここにはおやつはない。
陽女さんはくすっと笑うと立ち上がった。
「今用意するね、お姉ちゃんもそろそろ帰ってくるかしらね」
そう言いながら咲龍と部屋を出ていく。
ちょうどその時また「ただいま!」と今度は女児の声がした。
八重だ。
八重は廊下で2人とあったらしくおやつ、おやつと嬉しそうにしている声が聞こえた。
あたたかな我が家だ。
奥さんがいて子どもがいるというおおよその人には当たり前のしあわせが俺にとってはかけがえのないもので。
俺は残りのお茶を飲むとふ、と息をついて朱色の盆に飲み終わったティーセットを乗せ家族のいる台所へ向かった。
ああ、この日々は俺だけのもの。
おまえと道を違えた俺が手にしたあまねく幸せ。
それは甘美で罪深き物。
大切なモノ。
護りたいもの。
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