欠損
「恋の話もなく?」
「そう」
「それで会話を持たせろって?」
「そういうことよ」
「そういうことか」
「それで? 何について話すべきか、あなたにわかる?」
「なんでもいいんだろ。今推理ものの小説を読んでるんだ。毒殺されたらしい婦人の背中に、彫物師が掘ったような蔦模様が刻まれていて、どうやらその傷は婦人がまだ生きているうちに……」
「そうじゃないわ」
「もうわからないな」
「これまでどれだけの人が物語に殺されたと思うの?」
「じゃあ別の話を。昨日電車に乗っていたら隣の――」
「退屈」
「ふう」
「沈黙は会話に存在し得ないわ」
「だろうね」
「男は首をすくめて言った」
「どういうつもり?」
「さあ」