第一章9 『集いし少女たち』
時刻は午後の二時四五分。
昼食を終えた陽和たちは第五区画へとやってきた。
第五区画は日本全国の各部隊や駐屯地と交信する司令部、各部隊長が集会を行い、魔獣撃退の戦略を立てるための参謀本部に使われる会議室などの軍事施設が一つになった総司令部で構築されている。そのため建 物の大きさは島の中では一番大きく、そして人も多い。
大型客船のような形をしたその巨大建造物は、人工火山と並ぶ魔導島のシンボルとも言われている。
その大型客船の横腹に位置するところまでやってきた陽和たちは、その大きさに思わず見上げる。
「ここが総司令部……」
「とても大きいですね……」
「なんだか船みたい……」
「……あれ?真樹ちゃんは?」
ふと真樹が近くにいないことに気づいた陽和は辺りを見渡す。二人も気づいて探してみたが、どこにも見当たらない。
「どこ行ったんだろ~?」
「そういえば、途中からいなくなっていたような……」
「み、みんなー……」
聞き覚えのある、疲れ切った声に三人はそちらを向く。自分たちがここまで来た道で、真樹が汗だくになって歩いていた。
「真樹ちゃーん、大丈夫ー?」
「どうしたのですかー?」
「ご、ごめんね、私、ちょっと、途中で、疲れちゃって……」
「そうだったんだ〜、迷子になったかと思ったよ〜」
「真樹ちゃんは私たちより一つ上なんだからそれはないよ芽衣ちゃん」
「そもそも冷泉さんがあのように疲れているのは、陽和が第五区画まで競争だなんて言うからですよ?」
「いやだって、あんなデカイ建物があったら走りたくなるじゃん?ていうか、私に負けじと走ってた梓ちゃんに私を責める権利はない!」
陽和の言葉にぐうの音も出なかった梓は、陽和から目を逸らした。やっと到着した真樹は膝に手をつき、滝のような汗を流していた。呼吸も荒く、肩もそれに合わせて上下に動く。
「お、お待たせ……」
「だ、大丈夫ですか?」
「だ、だ、大丈夫……私、昔から、運動が苦手で……」
「よし!みんな揃ったことだし、中へ入ろう!」
「お~!」
「あなたたちは鬼ですか!」
真樹の呼吸が落ち着くまで休憩した後、陽和たちは総司令部の中へと入った。
まず現れたのは大きな空間。建物の一階から五階を球状にくり抜かれたようなエントランスホールには四つの筒状のエレベーターがあり、総司令部内を立体的に映し出した見取り図が目を引く。
「中も広いですね」
「ここが総司令部!」
「……あっ、見て、あの見取り図の七階に」
「わぁ〜、『魔法少女隊会議室』って書いてあるね」
「あそこに向かえばいいのですね」
一同はエレベーターに乗って目的の階層まで上がる。その途中で、陽和がふと呟いた。
「……エレベーターは魔導式じゃないんだね」
「当然です。全部を魔力で動く機械にするには多く技術と時間とお金が掛かるんですから」
「それに、魔導士がこの世界で一般化されてきてはいるけど。魔導技術までは浸透してないからね」
魔導技術は魔力で動く機械を作る技術で、魔導士たちが使うシュテルンなどの魔導兵器も魔導技術によって作られている。そしてこの技術は元々魔法があった魔導次元の技術ということもあり、基準次元では魔導技術の進歩が進んでいない。
「魔導技術も、この世界からしたらすごい未来の技術みたいなものだから、悪用される可能性もあるもんね~」
到着を知らせる音と共に扉が開く。カーペットの廊下を進み、見取り図が示していた部屋の前までやってきた。こちらも自動ドアのような機械的ではない。
「ここですね」
「失礼しまーす!」
「ちょっと!勝手に開けないでください!」
元気よく開いた扉の向こうには、部屋の八割を埋めるほどの大きな円卓があり、それを取り囲むように椅子が置かれている。空いている椅子が四席だけであるところから、陽和たち以外はすでに揃っていることがわかる。
椅子に座っていた一人が陽和たちが来たことに気づくと、まるで帰りを待っていたペットのように部屋の出入り口までやってきた。
「おおっ、やっと来た!来るのがメガ遅いよー!」
「まだ時間ではないはずですが?」
赤毛に褐色肌の小さな少女はクイッと首を傾げた。
「ん?別に遅刻だなんて言ってないよ?」
「ですが、今遅いと言ったではありませんか」
「だって茜の方が早く着いたんだもん。遅いよ!」
「なんですかその暴論は」
梓は少々げんなりしていたが、本人は特に気にしていなかった。その間割って陽和が入る。
「あっ、私が来た時に荷物片付けてなかった子!ていうか私たちが出た時も置いてあった!さては片付けてないなー」
「だってだって!この島テラ楽しそうだったんだもん!こうなったら遊ぶしかないって!ていうかあなた誰?」
「えー気づいてなかったの?私は芦住陽和!関東代表だよ、よろしくね」
「はいたい!茜の名前は南畝茜!沖縄代表だよー!特技はサーフィンと走ること!切る魔法が好きだよ!」
「斬撃魔法ですか」
「よろしくね〜」
「エヘヘ!あっそうだ!他のみんなも紹介するね!」
そう言うとまた素早く円卓へと戻り、本を読んでいるメガネを掛けた少女に突然抱きついた。
「わわっ、なななななんですか!?」
「えーとね、この子が天道天音ちゃん!通称あまねん!」
いきなりのことで頭がついて行っていないのか、茜が自分の名前を言い始めたことを疑問に思ったが、茜の視線が出入り口の陽和たちに向いていることに気づき慌てて立ち上がった。
「すすすすすみません!本に集中していて気づきませんでした!ああああの、名前――は言ってたから、えっと、その、香川県出身、です。よろしくお願いしましゅ、します……」
「うん、偉いよ、よく言えたねあまねん」
茜に頭を撫でられて照れているのか、言葉を噛んでしまって恥ずかしいのか、真っ赤になりながら再び椅子に座る。
そんなことも気にせずに、茜はその隣へと走り出す。
「そしてこの子が――」
例によって抱きつこうとした茜を、肩下まで伸びた濃い紫色の髪にウェーブが掛かった少女が片手で止めた。
「いちいち抱きつかなくていいから。廿枝小百合よ、以上」
「さゆりん短いよー、もっと何か言わなきゃ」
「別に言う必要ないでしょ。ていうか、いい加減うざいから離れなさい」
納得のいってなさそうな顔で止む無く離れた茜は、気を取り直して紹介を続けた。
「次にこのメイドさんは与古光麻耶ちゃん!ギガおっちょこちょいなドジっ子さんだよ!」
「そ、その説明はやめてください!えーと秋田から来ました与古光麻耶です!これでもれっきとしたメイドです!」
「すごい!本物のメイドさんなの?」
「はい、メイド喫茶ですが!」
自信満々で告げるツーサイドアップの少女に、思わず陽和はズッコケた。なんて古典的なことをする少女だろうか。
「そしてこの方が――」
「お待ちなさい。自身の名は自身で名乗りますわ」
金髪に縦ロール、水色の派手なドレスに身を包んだ少女が茜を制して立ち上がる。その姿や立ち振る舞いからお嬢様であることに陽和はすぐわかった。
「私の名は御厨渚、日本でも知られているあの御厨財閥の創業者、御厨永友の娘にして、この魔法少女隊の隊長を務める天才魔法少女ですわ。これから私の指示の元、皆さんには頑張って頂きますので、どうぞよろしくお願いしますわ」
「あなたがリーダーなんですか?」
「その通りです。貴女は関東代表らしいですし、少しは期待していますわよ?」
「ちょっと待って、いつからアンタがリーダーなったわけ?」
渚の会話に横から入ってきたのは、不機嫌そうにツリ目を反らす小百合だった。
それに続くように、梓も前に出た。
「部隊の隊長は全員が揃った後に決めるということになったではありませんか」
「何を言ってますの?全員揃ってるじゃない」
「全員が揃って全員で相談して決めるって話よ!そもそもなんでアンタがリーダーなわけ?」
「そんなの、この中では一番強いからに決まってますわ?なんでしたら、今ここでお見せしても宜しくてよ?」
渚、小百合、梓の視線が部屋の中でぶつかり合う。まさに一触即発、下手に止めに入れば逆効果になりかねない。そんな言い知れない重い空気に誰もが黙り込んだ。
そこへ――、
「ほお、お嬢様はパンツも金色なのか。輝いてるねー」
石動の声が部屋に響いた。どうやらスペーカーから聞こえてきたようだ。だが、当の本人はどこにも見当たらない。
そして、彼の言葉に違和感を覚えた。
『お嬢様のパンツ』
渚が自分のスカートへと目を移した。
そこには、長いスカートの中に顔を突っ込んで仰向けになっている石動の姿があった。
「きゃあああああああああああああああ!!」
悲鳴を部屋に撒き散らしながらその場から勢いよく離れる。渚の悲鳴に釣られて、石動を見つけて、何人かが同じように悲鳴を上げた。そんな中、当の本人は「よっこらせ」と何事もなかったかのように立ち上がる。
「なななななな何をしてますの貴方は!!ぶっ殺されたいんですの!?」
「いやーお嬢様ってどんなパンツ履いてるんだろうなーって思ったらつい。ちなみに茜ちゃんはイルカの白いパンツで天音ちゃんは緑色、麻耶ちゃんは青と白の縞パンで小百合ちゃんは赤!」
「なんで知ってんのよこの変態!」
「円卓の下でずっと隠れていたからだよ!」
石動の高笑が響く中、全員がスカートを強く押さえた。茜と陽和と芽衣を除いて。
「さて、全員揃ったことだし――魔法少女隊の初会議を始めようか」