第九十八話 居場所
狼さんはさっきまでと違って、少しだけ明るさを増していく月を眺めながら黙り込んじゃってる。
多分昔の話をあまりしたことないんだと思う。話が所々まとまってなかった気がするから。そんな話をしてもらえて嬉しかった半面、胸が痛くなった。狼さんは今どんな気持ちなのだろう?私には少しだけどわかる気がする。私は生きている意味が分からなかった毎日から外に飛び出して、まだまだだけど居場所ができてきた。だけど、狼さんは居場所を失って取り戻すためにあんなにもつらいことに耐え続けて帰ろうとしてたのに、もう帰れないなんて…。私と逆。だから、居場所の大切さはわかる。だけど、狼さんの失った悲しみは予想するしかできない。何もなかったころの私のように心が死んでしまっているのかもしれない。もっとつらいのかも知れない。簡単にふっきれるものじゃないんだと思う。
でも、居場所がないんだったらまた作っちゃえばいい。今の私みたいに。
「狼さんの家族は狼さんが生きてるかどうか知ってるの?」
『死んだことになっている。背格好の似た、顔のわからない焼死体に俺のチップが埋め込まれていたようだ。チップが普及してからはDNA鑑定なんてされなくなったからな。チップを読み込むだけで済まされる。誰も気がつかないさ。』
「そんな…。」
『いや、かえって都合がよかった。無駄な希望を持たせるよりずっといい。』
狼さんは少し笑いながら言ったけど、そのせいで帰れなくなったんだから全然よくないよ。
「じゃあ…これからどうするの?」
望みもないのに続けていけるものじゃないよ。あんなに苦しいこと。
『少なくともお前を連れて来た責任は果たすつもりだ。その後はわからない。』
私の意思じゃなかったみたいに話すから言い返した。
「責任って?私は自分で出たいからついて来たんだから、そんなのないよ。」
『だが、拒否することもできた。…そう怒るな。せいぜい俺ができるのは居場所を見つける手助けくらいだ。』
…そう言ってもらえるとうれしいけど、それってなんだか寂しい。居場所が見つかったらさよならってことなんでしょ?よく考えたらその方が無責任じゃない?
言い返そうとした。だけど、言えなかった。これを言ったらただ狼さんを傷つけるだけだから。何も言わずに俯いてる私。どうしたらいいかわからなかった…。
そんな私を見かねてか、狼さんは立ち上がった。
『疲れただろう。そろそろ下りよう。』
狼さんの顔を見た。そういえば、昔話を始めてから一度も顔を見ていなかった。寂しそうだった表情がどうしてかな?胸につっかえてたものが取れたみたいにすっきりしたって感じの表情だった。…なんで?
少し困惑して動かなかった私に手を差し出してくれた。あわててその手につかまって、起こしてもらった。
『大丈夫か?』
「う、うん。何でもないよ。」
そうか、ってつぶやいてさっとエレベーターの方へと歩いて行く。私は明るい街の光を少しながめてから、その大きな背中について行った。