第九十七話 存在意義
「どういうことなんだ…?」
『だからぁ、こいつがターゲットだってぇ。』
モニターにはすでに送られたターゲットの情報が映し出されていた。ただ、それはあまりにも予期していないものだった。
「十六…子どもじゃないか!」
『実力試しなのかなぁ?それにぃ、十分大人だよぉ。』
子どもだの大人だのの問題以前に狙われる理由がわからない。親が有名な会社の重役である以外はいたって普通の学生にしか思えない。一体なぜ…?
『理由なんて考えたって考えてもわからないよぉ。それにぃ、考える必要なんてないしぃ。』
相棒は困惑していた俺に対し、いつもの口調ではあるものの、全く感情を込めずに答えた。それが当り前であるかのように、平然と。
「必要がないって…、これから殺す相手だぞ?依頼者を詮索するな、と言いたいのだろうがそれでも実行するのは俺なんだ。ターゲートに疑問を持っても―。」
『元に戻りたいんだろ。黙って働けよ。それとも何?あんたの覚悟はそんなもんだったのか?』
相棒の本当の顔を見たのはこの時が最初だった。モニターを見ていた態勢のまま少し振り向き、片目だけ俺から見えるような状態。その顔の表情はとても二十代の青年が見せるものではなかった。影を含み、目の奥にはギラギラと光るものがあり、深い深い憎しみを含んだその顔はまさに鬼のようであった。その顔を見ていると背筋が凍るようだった。
『あんたに理由があるのと同じで俺にもあるんだ。足引っ張るなら俺にも考えがあるぞ?まぁ、あんたがもう元に戻って家族んとこ戻るの諦めたんならしかたないけど。』
「…わかった。」
家族と言う単語を出され、そう答えるしかなかった。そうだ、家族の元に帰ることが最終目的だ。妻や娘との生活を取り戻すこと。そのためなら何でもすると決めた。だが、どうしても揺らぐ。そのために罪のない人間を殺していかなければならない。それでも、俺は俺の居場所に帰りたい。
だから、俺は仮面をつけることにした。これをつけている間は鬼になろう。例え血に染まっても決意が揺るがないように。ただ、せめて自らの糧となる者たちの命の大切さを忘れぬよう、できるだけ、重火器では殺さないでいよう。そう決めた。
だが、仮面が、手が血で汚れるたびに、重くのしかかってくる何かがあった。夢の中では命の消した瞬間が何度も繰り返される悪夢ばかりだ。それでも、思い出という光のみで進んできた。
お前と出会う一つ前の任務でのことだ。任務を終えてここへの帰路についていた時だ。俺は自分のしてきたことに意味をみいだせなくなった。あるビルの巨大モニターに映る光景を見てしまってから…。
そこには俺の妻と娘、そして、ある男が映っていた。俺の大学の同期の友人で、何かの開発主任とか言っていた。内容は頭に入っていない。そこでは、三人が家族として映り、幸せそうな笑みを浮かべていた。俺の居場所を取られたという憎悪は無かった。それよりも、幸せそうだし、あいつになら家族を託せるという安堵感のほうが大きかった。俺がいなくなり、俯いてばかりいるよりも、前に踏み出してくれているのだ。そう…俺の帰る場所はもう塞がってしまった。なら俺は何のためにこんなことをしているのだ?復讐なんて、飾りだ。帰る必要がないなら、もうどうでもいい…。ここで終ってしまっても、いいだろう。
少し長くなったな。これくらいでもういいだろう。