第九十四話 起因
こうして何年も経ち、殺し屋を続けているからこそ全て思い出すことができる。だが、あの時の俺に耐えられるはずがなかった。あの耳に残る悲鳴。それだけでも重過ぎた。
断片的な映像も頭を過ぎる。腹に腕を突き刺し、燃え上がる人間。まともでいられるはずがなかった。そして、追い討ちとなったのがあの言葉。
−バケモノめ−
俺は身だけでなく、心までバケモノになってしまったのか?頭を押さえ、うずくまる。身体中が震える。人の命を奪った。あの時の自分がなんだったのかわからない。だが、この事実は変わらない。
次の瞬間には俺は走り出していた。逃げたかった。この現実から。この事実から。逃れることができるはずもないが、俺は走り続けた。いくつも扉を開き、部屋に入るも、一体どんな部屋だったのか、また、いくつの部屋を回ったのか…。部屋を回る時間が永遠だとさえ思えた。どこまでもどこまでも続いているように…。そして、最後の扉を開けたとき、隙間から強い光が漏れていることに気が付いた。早くこの悪夢から逃れたい。力一杯扉を開いた。
光の中で、俺はまた意識を失った。どうしてかは今になってもわからない。ただ、それまで眠っていたものよりも短かったことは確かだ。
『どう※※つも※※よ!』
眠っている間に聞こえたのか、断片的な会話が頭に残っている。
『※の同類と※※しろだと!ふ※※るなよ!』
声を荒げ怒鳴っている男。
『だが、君の※の唯一の※※※※なんだ。何か分かるかも※※※いだ※う。』
正反対な態度を取る男。二人の声はハッキリとは覚えていないが、怒鳴っているのはどうも相棒だったように思う。相手は…依頼者だったのだろうか。
目が覚めると俺はベットで寝ていた。周りは白で統一され、病室のような印象を受けた。ただ、ここにも窓はなかった。
記憶が混乱していた。何があってここにいるのか?どうだったのか?
上体を起こし、その時に目に入った腕を見て蘇ってきた。あれはやはり夢でなかったのだ、と。なら、扉を開け、それからは?…やはり、後の記憶はない。
『やっと目が覚めたぁ?犬ッコロォ。』
突然の声。すぐさま声のした、扉の方へと目を向ける。そこには青年と言うには少し幼さを残した、相棒の姿があった。この時はまだ十代だったからな。今も餓鬼のような所もあるが…。
「ごっずぁ…。」
“ここはどこだ?”と、聞きたかったのだが、少しは音になったものの、まだ言葉にならなかった。
そんな俺に対して相棒は話すな、とばかりに手を自らの口に当てた。
『あんたの質問なんてどうせ大したこと答えらんないしぃ、話せないならちょっと黙っててぇ。とりあえず、あんたに今すぐ危害を加えるぅ、なんてないからねぇ。』
態度が悪いことよりも、“危害を加える”なんて言葉が出てくることに驚いた。ふつうならあまり口から出る言葉じゃない。
『とりあえず、見てわかると思うけど、ここ病院ねぇ。あんた、廃ビルで倒れてたのを運んできたんだぁ。んで、そんな姿だから他人に見られないよう隔離してるんだぁ。だから、外出ちゃだめだよぉ。後、その身体普通の病院でなんて治せないから当分そのままぁ。ここまでいい?』
一テンポ遅れて、首を縦に振る。当たりか。こんな身体に人を改造できるなんて聞いたことがない。相棒は俺がちゃんとついて来ていることを確認して話を続けた。
『だからねぇ、あんたは普通の生活はできない訳ぇ。もし見つかったらさぁ、バケモノだからってすぐに殺されちゃうよぉ。最悪一生実験対象かもねぇ。檻の中で死ぬまで腹とか裂かれるなんてぇ…。あぁ、大丈夫。俺達はそんなことしないからぁ。』
表情を曇らせた俺に助け舟をいれてくれたが、これが地獄への渡り船だったと知ったのはすぐ後の事だ。だが、言っている事に嘘はなかった。
『それでねぇ、提案があるんだぁ。』
提案とはよく言ったものだ。俺に選択権などなかったのに…。
『俺と一緒に組んで、あんたをそんな身体にした奴らを探そうょ。』