第九十三話 本能
今、目が覚めたかのように切れた意識が戻った。
そこからはさっきまでいた連中が消えていた。
周りを見渡し、どうなっているのか、今を確認した。
撃たれた右足の傷は残っていたものの、痛みは少しましになった。まだ痛むが…。ただ、他にも傷が増えていた。身体中が痛い。
壁にはあの大きな穴以外に小さな穴がいくつも開いていた。周りにひび割れがあるのを見ると、銃弾でも当たったのだろうか?
少し歩くと足に何か砂のような感触が広がる。しゃがみ、手にとってみる。黒い砂…灰か。なんでこんなところに−。
『ぎゃあぁぁぁぁっ!』
思い出した。俺は大変なことをしてしまった、と。
ステージの上でのことを見ていだろう。なら、大体予想がつくだろう。
意識はあった。だが、止まらなかった。止められなかった。
銃を向けられたまさにあの瞬間。自分自身の意識とは違う何かが腕を動かし、爪を立て、腹を突き刺した。向けた銃の引き金を引く前に、流れた血から火が広がった。炎が全身を覆うまでに引くことはなかった。
『ぎゃあぁぁぁぁ!熱い!熱い!』
火だるまになりながらも身体を転げ、消そうとするも体内から燃え尽くす炎からは逃れられる訳もなく、その動きは止まった。
『射殺しろ!』
リーダー格の男が言う。ほとんど同時に三人が銃を向け、引き金に指をかけている。その動作がまさにスローモーションのようにゆっくりと見えた。俺の心は止まったまま、身体だけが動き出した。右端にいる奴の俺から見て右側へと移動するのとほぼ同時に爪を揃え、切りつける。ちょうどラケットを振るような動きだ。たったそれだけで人の命を奪えるなんてな。切り口から、火がめぐり、二人目の被害者となった。
まだ燃え切らない内に残りの二人が狙いを定め、銃弾を撃ち出す。銃声と同時に態勢をおとす。そのまま二人に近づいて行く。その間も撃ち続けてくるため、何発か当たったが勢いは殺さず二人に目掛け腕を伸ばした。左手は腹を貫いたが、右に手応えはなかった。
一人だけ残った。リーダー格の男一人。手を伸ばしたさらに右へと飛びのいていた。すでに態勢を立て直し、俺の頭に狙いを定めていた。
狙いを定める、か…。銃弾までは見えないが、引き金を引くその一瞬を何倍にも感じられるのだ、避けるなんて造作もない。狙いをつけることは俺に対して隙を作ることにしかならない。本能的にその事を理解したのだろう、あの時の俺はそういう振る舞いをしていた。
銃口を向けられたままでも動こうとはしなかった。敵が一人だけになったのだから、最も隙のできる瞬間を待っているのだ。
『…バケモノめ。』
引き金にかかった指がゆっくりと動いて行く。完全に引き切る寸前で、態勢を落とし、足に力をいれ、一気に近づく。そして、また犠牲者が増えた。
今思うとリーダー格の男はもう逃げられないとわかっていたのかもしれない。だから、あんなにも潔く引き金を引いたように感じた。