第八十六話 代償
『電気ショックってやつだねぇ。心臓が止まったら電気流してまた動かそうとするやつ。あれをねぇ、電圧あげておもいっきり流してやったのさぁ。そのロックがねぇ、いろいろ大変な訳なんだぁ。だから、やってもらったんだよねぇ。』
生きてる人に?そんなの…助からないじゃない。
『全部バカ犬が悪いんだよぉ。しっかりしないからこんなことになるんだ。…そういえば、肝心のワンコはどこにいったのかなぁ。』
そういってまたモニターの方に向きを変えてキーを押しはじめた。
トーイッシュのイメージが一変した。こんなに冷徹で恐ろしい人だったなんて…。
人間はみんな表裏があるのかなぁ。
『なんだぁ、戻ってきてるじゃん。』
狼さんを見つけたみたい。下にいるのかなぁ。きっとまたケガをしてるんだと思う。手当しないと。
『あ〜待って待って。セフィーは部屋にいてぇ。先にお話ししないといけないからぁ。』
私が部屋から出ようとしたのに気付いてトーイッシュが私を止めた。しようとしたことがバレバレだ。
「で、でも、またケガ−」
『聞こえなかったのかなぁ?お部屋で待っててくれるぅ?』
怒鳴る訳じゃなく、静かに、ゆっくりと言われたのに、鳥肌が立つくらい恐かった。何を言っても無駄なんだ。
「わっ、わかった。」
『いい子だねぁ。ありがとう。すぐ終わらせるよ。』
納得できなかったけど、言う通りにするしかなく、部屋を出た。
−
さすがにきついな。隠しておいたバイクに乗り、運転してきたが、目が霞み、何度か危うかった。足を撃ち抜かれ、他に数発受け、コンクリに打ち付けられ…。それでもなんとか戻ってきた。
失敗して、それでも帰ってきた。何故かなんてわからない。この業界がそれほど甘いものでないことぐらい十分にわかっている。俺を生かしておくはずがない。…帰る場所がここしかないから、なんだろうか。
左足を引きずり、エレベーターに乗り込む。ボタンを押す手が少し震えていた。やはり血を流しすぎたのだろうな。でなければ震えることもないだろう。
エレベーターの扉が開き、いつもの部屋につく。見慣れているはずだが、どこかいつもとちがうように感じる。変わらぬ静けさが妙に違和感を出していた。
向かうのは相棒がいるコンピュータルームか。足を引きずり、壁にもたれながら進む。一歩一歩が重く感じた。
扉までたどり着き、ノブを回す。少し甲高い音をたてながら開く。でかいコンピュータの前の定位置には、くしゃくしゃの髪が見える。
『お疲れぇ。そこに座ってぇ。』
普段は置いていない椅子。部屋の真ん中に置かれたそれを指しているのだろう。俺は何も返さずそこに腰掛けた。
『ねぇ、狼さん。今俺は猛烈に頭にきてるんだぁ。…なんでか分かる?』
「−俺のせいだ。」
席を立ち俺の方へゆっくりと近付きながら言葉を放つ。前を向くのも疲れ、俯いたまま返した。
それがカンに障ったのだろう。
“バンッ”
四つ足で立っていた椅子が一つ欠け、俺の身体ごと後ろに倒れた。斜めに倒れたため、椅子から完全に離れた。横に移った気配は、俺の胴を踏み付けた。
『ああそうだよ!てめぇがヘマなんてしてっからだよ、バカ犬!散々好きなことさせてやってんだ、てめぇの仕事ぐらいこなせ!』
頭の近くで、カチリッ、と金属音がした。
『俺をなめんなよ。てめぇを殺すぐらい俺にだってできんだぞ!』
“バンッ”