第八十一話 鎮魂歌−感謝をこめて
「傷…痛むよな。本当に悪かった。“守る”っつったのに。」
ターシェを俯せに寝かせ、前に屈んで傷を抑えながら、心から謝った。謝ったって何にも変わんねぇし、何にも終わらない。そんなことはわかってるがそう言わずにはいられない。情けないな…俺は。
顔色の良くなった顔をこっちに向け、ニッコリと笑いながらゆっくりと口にした。
『そんなことない。ジェイクがいなかったらきっと私はここにいなかった。だから、…ありがとう。』
ついさっきまであんな化け物とやり合ってたから、ターシェの笑顔が場違いな気がした。“ありがとう”って言われて、やっと逃げきれたんだと理解ができた。
『それに私も謝らないといけないことあるし…。』
「…え?」
ターシェの顔に影が入った。さっきの笑顔から一変し、泣き出しそうな顔。少し涙が浮かんでいた気がする。それでも話すのをやめなかった。
『私が悪いのにみんな巻き込んじゃった。…本当にごめんなさい。』
話を聞いていた間、車内は静かなもんだった。
あの脅迫状が偽物だったこと、歌を聞かせるために俺を呼んだこと、警備を緩めろと言ったのは自分だと…。
正直、ターシェの話した事はすぐに納得できた。疑問に思っていたことだったし、何よりつじつまが合っていたから。だから、奴はあそこまで入り込んだ。そうなると知ってたのか?
ターシェが悔やんでるのはハックたちが自分のわがままのせいで死んじまった事だ。あんなことを頼まなければこんなことにはならなかったんだ、と、自分を責めているんだ。
「ターシェのせいじゃねぇよ。あんな奴が来るなんてわかんねぇよ。悪いのはあの人殺しだ。」
そう言い返したが、態度は変えられなかった。
『それでも、私がいたからみんなが傷ついた。みんな…なんにも悪くないのに。あんな事思わなかったらよかったのに、私なんていなかったらよかったのに。』
「…やめろ。」
声を押し殺して言った言葉が聞こえたみたいでターシェの口が止まった。
「ハックたちはお前に生きていて欲しかったから命放り出して闘ってきたんだ。そのお陰で今生きてんだ。謝る事より感謝しろ。静かに眠られるよう祈れ。守られた奴は下を向いてちゃいけない。あいつらの生き様見て、しっかり生きていかなきゃいけないんだ。だから、しっかり前を見ろ。ターシェ・フィーメル。」
俺が話している間、ターシェはずっと俺の目を見ていた。見えていないはずだが、それでもそう思えた。一つ一つの言葉をしっかり胸に刻むように。ステージの上で見たときのように頬を涙で濡らしながら。
少しの沈黙の後、少し震えが残っていたが、さっきよりも張った声で応えてくれた。
『…うん。天国のみんなが誇れるような人間になってみせる。…だから、今だけ、胸を貸して…。』
わかってる。人間そんな強くねぇ。俺が言った通りに頑張れる奴なんて見たことない。そんなに軽いもんじゃないから。かなりきついことを言った。それでも、生きてかなきゃなんねんだ。人の命ってのはそんだけ重いってことなんだ。だから、支えてやる手も少し強めにしないと倒れちまう。一度倒れると起きられないかもしれない。そんな姿、連中は望んでねぇ。俺だって…。
今は思いっきり泣いちまえ。こんな胸でよかったらいつでも貸してやる。だから…負けるなよ。
着くまでの数分間、ターシェは声を出して泣いた。壊れてしまいそうで、愛おしかった。…こぼれてしまわないよう、両手で包んだ。