第七十六話 イフリートの腕
恐ろしい叫び声がドームの中を支配した。まだ逃げてる人たちの中には振り返っている人もいたけど、まるで幽霊でも見たかのような顔をしてすぐさま逃げて行った。私は…その光景に取り付かれたみたいにじっと見つめて、足が止まってしまった。
狼さんの腕が人のお腹の部分を貫いていた。持ち上げられてるその人は燃える焔の中で苦しんでいた。
腕を引き抜き、狼さんは他の敵に狙いを変え、襲い掛かった。
狼さんの周りを囲む人たちの顔は逃げていく人たちの顔と比較にならないくらい恐怖に歪んでいた。震える腕で必死に銃を構えて引き金を弾いていた。狼さんの速さもあったけど、あんなに震えてたら当たらないよ。
案の定、狼さんにかすりもしないで弾は誰もいないところにばかり飛んでいってた。次々と頭や胸、お腹なんかを切り裂いていって切り口から焔が回って身体中を包んでいった。痛みと熱さに襲われて、人の声と思えない声で叫びながらのたうち回っていた。でも、まるでネジがきれたおもちゃみたいにみんな止まってしまった。
脚が震えてる。いつの間にか汗でぐっしょりだった。息も…しずらい。なんなんだろう、これ?
『ねぇ、行くよぉ。』
トーイッシュが近付いて来て、私の肩に触れた。その瞬間、突然立てなくなってその場にへたれこんだ。
『ちょっ、しっかりしてよぉ〜。』
トーイッシュに支えられてやっと立てた。肩を借りて扉へ向かって行った。
扉の向こうまで着たら大分楽になって、もう肩を借りなくても歩けた。
さっきのはなんなんだろう。
今も戦ってる狼さんがいるはずのステージはもう完全に見えないけど、そこへ通じる扉を振り返り、すぐに先に行くトーイッシュの後を追っていった。
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この武器は俺がこの姿になった時に付けられいた。金色に光る、手から肘までを覆う篭手。指の先はかなり鋭利になっていて、人の身体を簡単に貫き、引き裂く。そして、その部分には血液と反応し、燃え上がる物質が塗り込まれている。体内の血液を燃やせば、血管を伝い、全身の血を燃やし尽くすまで燃え続ける。
最も俺が嫌悪する武器だ。
ほんの小さな傷ででも、その人間の命を奪い、死してなお、その人間の存在を許さないかのように、骨さえも…跡形もなく燃やし続ける。
殺す、ということのさらに上をいくこの兵器を使えば、あの娘にいやがおうでも考えが変わると思い、今までに二度だけしか使ったことのないこれをもう一度腕にはめた。
…本当は歌姫に対して使うつもりだった。だが、やはり甘さがあったのだろう、使うことはできなかった。彼女は俺の勝手で殺されるのだ。どうしても悪魔にはなりきれなかった。
だが、ガードは死ぬ覚悟ができた上でここに立っている。だから、この役目を引き受けてもらう。…俺を憎みながら死んでいってくれ。その方が−。