第七十四話 -AS- 届いて!
手を支えられながら歩みを進めていく。しんとした静かな空気が一気に変わる。みんなの歓声がすべてを覆う。この瞬間が一番嬉しい。みんなが私を知ってくれていて、私の歌を聴いてくれる。私を認めてくれる声に後押ししてもらって全てが始まる。
これから先の事をすべてを忘れさせてくれる。
マイクを受け取っていつもしているようにみんなに声をかける。
始まってしまえば、もうジェイクに聴いてもらっても恥ずかしくないように、としか考えられなかった。
何曲目かに入ったとき、ふと違う考えが頭を巡った。
…まだ…死にたくない。
みんなの声を受けて、私はここにいていいんだって…。ジェイクに気持ちを伝えるだけじゃない、もっと一緒にいたい。なんで死ななくちゃいけないの。
…ダメ。ここで泣いたら怪しまれる。そんな事になったら、きっとジェイクは私のところに来てしまう。そしたら、ジェイクが危ない目にあう。もうこれ以上私のために命を失わせたくなんてない。
なんとか涙を堪えて歌い続けた。
…とうとう最後の曲だ。これで終わりなんだ。そうだ、今になってまだ別れの言葉を考えていないことに気が付いた。ハハ…そのために頑張って我慢したのにね。なんて言おう…?名前を言うのは止めよう。変な疑いかけられたら嫌だし。好きだ、なんて最後でもいえないよ。…だったら、あの言葉しかないよね。
とうとう歌い終わった。全部。ジェイク、しっかり聞いていてよ?
『―今日は本当にありがとうございました。』
−
もうすぐか。彼女が別れを言ったところで命を断つ。本当はアレで−じいさんから受け取った道具−で奪うつもりだったが、刀で仕留めることにした。…俺も甘いな。
『…ザー…なんでまだ殺らないのぉ?…。』
相棒か。
「死に際の人間の言葉を聞いた方があいつの記憶にも色濃く残るだろう?」
こっちの勝手に殺されるんだ。それくらい構わないだろう。
『…ふーん。でも、失敗しないでよ。』
最後の部分が妙に深く聞こえた。いつもの伸ばす感じもなかった。…気のせいか?
−
『私がこうして故郷でライブが出来たのは皆さんのお陰です。本当にありがとう。』
堅苦しい挨拶。ただ、突然言うのは訳がわからなくなるし、落ち着くためにも必要なこと。
『とても懐かしく大事な人にも会えました。』
すごく回りくどい言い方かな。でも、判るしいいよね?
『子供の時にほんの少しだけ一緒にいただけなんだけど―。』
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『…誰か気付いたみたいだよ!早く!殺って!』
勘のいい奴だ。確かに潮時か…。だが、まだ距離がある。もう少し時間をやろう。
カツ、カツ、と意識させる程度に近付いていく。
『…ちょっと!早く殺らな…。』
悪い。切らせてもらう。せめて、もう少し…。
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少しずつ近付いてくる感じがする。あまり時間はないみたい。
『私の夢を―生きる意味を作ってくれた人。』
フフッ。普通に聞いたら年配の人が言ってくれたみたいだね。
『私がここに立っていられるのはその人のお陰です。』
心からそう思ってるよ。
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少しずつ背後に近付いていく。向かってくる奴の影は確認した。あの位置からは狙えないだろう。他に気付いたような者はいない。…もう少し。
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後少し。
『最後になったけど伝えたいの。』
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あの影がステージ手前まで近付いて着た。そろそろ限界か…。刀に手をかけ、最後の時にそなえる。
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『―本当に、ありがとう。』
気付かないうちに涙が出ていた。
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別れの言葉を聞いて、一気に背から刀を振り下ろした。