第六十八話 -Another Side- 天使の企み
―数時間前。
「ハック、上手くいってる?」
後一時間程でライブが始まる。控室で待ってる私が心配しているのはライブのことじゃなかった。今までいくつもライブはしてきた。その度に不安にさいなまれていた。今回も例外じゃないんだけど、もっと気になることがあった。
『はい。最前列とはいきませんが、ベストな位置につけさせています。気が散らないよう無線も最小限しか使わないよう指示しています。』
私、女優じゃないし、そもそも嘘をつくのなんてあんまり得意じゃなかったから、バレないか不安だった。
そう、あの脅迫は嘘。ハック達に作ってもらったの。ライブをジェイクに聴いてもらうための作戦。だってこっちでライブするのはジェイクに私の生の歌を聴いて欲しかったからなんだもの。
ジェイクが何をしているのかはすぐにわかった。ハックに探してって頼んだら、知ってたんだもん。有名人だって。だから、もしかしたらライブの日に仕事が入るかもしれない。そう思って、ジェイクの関わってる事件の犯人の名前を借りて犯行声明を作ってたの。こうすれば、来ない訳にはいかないでしょ?
歌を出来るだけ楽しんでもらえるよう、通信も最小限にしてもらった。初めは万が一の場合があるから駄目だ、って却下されたけど、人員を増やすって事で許してもらえた。
ここまで上手くいってるから、もう大丈夫だよね?後は歌の方を頑張ったらいいんだ。そう、自分に言い聞かせ、歌に集中できるよう、心を落ち着かせた。
―
『ウチのお姫様もやりますね。こんな芝居するだなんて。』
アーディスが嫌味のような笑みを浮かべ、そう口にした。
警備室には私とアーディス、後数名の部下が待機している。ここからは会場の全てのエリアが確認できる。無線での通信を行わないため、監視カメラからの映像が頼りとなる。だから、リーダーである私はここにいる必要がある訳だ。
アーディスがああ言うのも無理はない。ターシェ様は嘘がつけるようなタイプの人間ではない。顔に出てしまうのだ。だが、今はまるでイタズラ好きの子悪魔のように上手く騙している。恋の力とでも言うのか…。
彼女のデビュー以来、ボディーガードとして任されているが、彼女はすると言ったことは必ずする、強さを持っていた。いくつも驚かされたものだ。四十度の熱があってもライブをやり遂げた時は彼女に敬意を評したものだ。
だから、彼女がこの作戦を申し出た時も止めても無駄だとすぐに悟った。流石に無線の事は認めたくはなかったんだが…。
『それにしても、ジェイクさんに喧嘩うっちまった〜。嫌われちまったかな?』
「気にするな。全て終わればターシェ様がちゃんと真実を話してくださる。」
アーディスは元々ジェイクのファンだ。彼の名は他国である我が国にも広まっていた。だから、憧れる奴も後を絶たない。この配役も部下の中でくじ引きで選ばれたらしい。嫌われたくはないから、だとか。後で話が出来そうだ、と引きたい奴もいたが悉くハズレ、引きたくない奴が引いた、と言うわけだ。
とは言え、アーディスはよくやった。我々がよそ者である彼を嫌っていると思ってくれれば、無駄に口論を増やそうとは考えないだろう。
当の俳優は他の仲間に泣き付いている。いつまでやっているんだか。
“コンコンッ”
『弁当買ってきました。』
腹ごしらえに飯を買いに行かせた部下が帰って来たか。今食べておかないと私はこの後、ここを部下に任せて、ターシェ様と共にステージに立たなければならないからな。食べる暇がない。
「ああ、入れ。」
モニターから目を離し、皆が飯を待った。モニターに映るべき姿が映っていないことにも気付かずに…。