第六十七話 届け!
音楽が止まった。すこし間を空けて手を叩く音がドームに響いた。まだまだ終わらないで―そう言ってるように俺には聞こえた。
『―今日は本当にありがとうございました。』
拍手の音が小さくなり、消えるか消えないか、のところで話し始めた。顔には歌いきった達成感よりも終わってしまう淋しさが色濃く出ていた。
一呼吸おき、ターシェは再び口を開いた。
『私がこうして故郷でライブが出来たのは皆さんのお陰です。本当にありがとう。』
―ドクンッ。
その時、最も恐れていたものを感じた。―アイツだ。この鋭く冷たい殺気…一度しか戦ったことはないが、間違いない。
こんな仕事してたら殺気だの憎悪だの、そういう人の出すものには嫌でも敏感になっちまう。
“近くにいる”。俺の第六感がそう言っている。
『とても懐かしく大事な人にも会えました。』
『せ、先輩!?』
次の瞬間には足を進めていた。全速力で。ステージへと。
『子供の時にほんの少しだけ一緒にいただけなんだけど―。』
ターシェの言っている言葉が耳に届かない。とにかく早く、少しでも早く走れ。それしか頭になかった。二階の観客席から下へ飛び降りる。高さはかなりある。今考えれば、衝撃吸収材がなければ骨が折れてたろうな。そんなことなんて頭になかった。
『私の夢を―生きる意味を作ってくれた人。』
ステージ上のハックがターシェの方に近づいていくのが見えた。殺気を感じ、身を守ろうとしているのか。なら、援護に回らねぇと。
少し安堵し、スピードを緩めてしまった。
『私がここに立っていられるのはその人のお陰です。』
ステージまであと少しまで来たところでやっとわかった。身体中の血が一気に凍るようだった。
ハックは守るために近づいてるんじゃない。いや、ターシェの後ろにいるのはハックじゃない。今、ターシェの後ろにいるのはまさに姿のままの…死神だ。
ターシェの真後ろにいるせいで狙えない。くそっ…。
もっと速く。足がもがれてもいい。ターシェを守れれば何も残らなくていい。
『最後になったけど伝えたいの。』
ステージにまで辿り着いた。階段を一気に駆け上がり、ターシェの前に―。
『―本当に、ありがとう。』
なにもかもを受け入れたような笑みには涙が流れていた。