第六十一話 責任として
コツン、コツン―。
コンクリートの床を踏む度になる音は狭い通路の闇の中に吸い込まれていく。
様々な太さの管が無数に通り、壁には負けないくらいの数のひびが入っている。
見放された都市―。
地上にはビルが小綺麗に立ち並んでいる一方で、地下は工場が無秩序に存在する。いや、存在しているようだ、と言うのが妥当か…。窓を覗いたところで、ガスのせいで一メートル先さえ見えないのだから、どうなっているかは中からでしかわからない。
コツン―。
扉に『AC-3-68』と書かれた部屋の前で足を止める。
どういった意味かはわからない。ただ、そんなことはどうでもいい。ノブに手を出し、こちらへと引く。
古いからだろう。開けるとに少し力がいる。キィィィ、とかん高い音とともに分厚い扉が開く。
中は外とは異なり、コンピュータや様々な機械が押し合いながら部屋の中に収まっている。最先端の機械があるこの部屋を見ただけでは地上の世界と見間違う。
『よう来たな、ワンコゥ。』
奥のカウンターの影から老人が出てきた。カウンターと言っても機械のパーツやボロボロの設計図が覆い被さり、役目を果たせていない。また、老人とは言ったが、しわだらけの見た目だけで、小うるさく、かなり元気だ。
「いつものを。」
俺がケルベロスと呼ばれているからで、この男は仮面の下を知っている訳ではない。あくまで組んでいるのは相棒だけだからだ。
『あいよ。』
カウンターの下から小箱を取り出してきた。受け取って、中を確認する。
中には銃弾。そうだ、ここは大まかに言えば武器屋だ。俺の刀、銃といったものは全てここで―この男の手から生まれたものだ。この工業地区も昔はガスなんてものは溜まっておらず、排気ガスや下水はきれいにされ、外へと戻される。そして、それをまた使う…この循環が整っていた。
『反重力システム』が実用化されてからの約半世紀、世界は一気に変わった。
人は当に飛べるようになった。
ありとあらゆる空間を活用出来るようになり、世界が広がった。
そうなれば人は増え、工場がフルで活用されなければならなくなった。排気ガスや下水は処理仕切れなくなり、地下に溜まり、地上へと溢れでる程。全国を統括する国連は事態を抑えるべく、工場の稼働に規制を掛け、さらに浄化システムを増加した。抑制には成功したものの、削減にまではいたらず、現状維持で終わっている。
規制を受けたため、収入が減ってしまった企業がすること―リストラだ。コンピュータ管理された生産ラインでは、若い労働力の方が必要となる。だから、この男のような年配者が貧乏くじを引く。
だが、彼らには技術がある。それを活かし、リストラされてもこの男の様に独自に、または複数で新たな物を産み出し、生活の糧としている。公認でしているのではないため、裏の人間たちが客であることが多い。
『お前さん。若い女拐ったんだって?』
嫌味な顔をして言う。
『あんな餓鬼と二人じゃ、やる気も起らんさ。連れ去りたくもなるわのう。』
今じゃ後悔しているよ。あんな爆弾娘。
「確認した。金はいつものところから取ってくれ。」
弾を確認し終え、冷めた口調で言った。案の定、男は面白くない、と顔に出している。
「あと…“アレ”も。」
『ほぉ〜。今回は“アレ”を使うんか。力が入っとるんじゃのう。』
カウンター奥の扉を開け、中の暗闇に消えていった。弾をしまっている間に戻ってきた。
『ほれ、取ってきてやったぞ。』
俺はそれを受け取り、さっさと部屋を出て行った。
地上へ戻る通路の中で、何度も心に誓った。
人の命がどれだけ重いものか、それを教えるのも彼女を連れ出した俺の責任なんだ、と。