第五十八話 初恋
その次の日、同じ道で帰った。まぁ、通学路だからなぁ。
昨日、あの子が立っていたとこの店のシャッターが開いてた。そこは楽器専門店だ。バイオリンとかギターとか置いてる。いつも前を通るとクラッシックが流れている。聞いたことのあるもんから、全然知らないものまで。この日は稽古は休みで、晩飯までには帰ればいい。(飯の後にあったりするんだがな。)だから、寄り道しようと思ったんだ。昨日のあの場所に。
中に入るとやっぱり流れていた。聞いたことない曲だったな。別に何かする訳でもなかったが、中を回った。
奥にまでいったとき、驚いた。
昨日のあの子がそこにいたんだ。
クラッシックの流れるスピーカーの前のイスに腰掛け、人形みたいに手を揃えて、聴きいっていた。
「こんちわ。」
びっくりしながらも、挨拶をした。昨日会ったのに挨拶しない方が変だろ?でも、目が見えないのをすっかり忘れてたけどな。
『…その声…昨日の子?』
少し遅れて返事を返す。誰か聴き別けてるらしい。
「き、昨日は帰れたか?」
何か知らねぇけど、緊張してたなぁ。何でだ?
『…お陰様で。はい。借りた傘。』
イスの足に立掛けてた兄貴の折りたたみを手に取って俺の方に差し出してきた。まぁ、手の位置がちょっと低かったのは仕方ないか。
「いつもここにいるのか?」
傘を受け取り、カバンに入れた。今までここに何度か入ったことがあったんだが、一度も見たことなかった。どこの子なんだろ?気になるだろ?
『…ううん。私このお店の近くに引っ越して来たの。お父さんとお母さん、ケンカしちゃってお母さんと二人で。』
後で聞いた話なんだが、このケンカってのは別居を越えて、既に離婚までいってたらしい。そんときはよくわからなかった。
『…このお店ね、いつもきれいな音楽を流してるから、よく聴かせてもらってるの。昨日は休みだったの忘れてて、帰ろうとしたら雨が…。ホントはどうしようかちょっと困ってたの。ありがとう。』
「き、気にするなよ。」
ありがとう、と言ったときの笑顔にちょっと照れた。…わかってる。傘は兄貴のだよ。
お互いのこと話したりして時間は過ぎた。帰るとき、
『…また明日、来てくれる?』
「おう!」
その次の日から俺は毎日この店に通った。もちろん、彼女と話す為だけにだ。初恋…になるんだろうな。後、暗闇に負けない強さに対して憧れみたいなのもあったんだろうな。いろんなことを話したし、他のダチ連れてきてみんなでどっかいったり。家にも行ったこともあったな。
そんな生活が三ヶ月位続いた。
突然、彼女がいなくなった。離婚して次に行く場所探しのための一時的な滞在。外国に行ったときいた。
引っ越しの日は聞いていた。だけど、俺は結局部屋に閉じ籠って最後まで会わなかった。後悔したけど―するのはわかっていたけど―それしか出来なかった。
そして、今、目の前にいる。