第五十三話 無知の罪
『いつからいた?』
狼さんが急に恐い顔をして訊いてきた。
「え…さ、さっきベルがなった時ぐらいから…。」
何を怒ってるのか分からない。でも、本当に恐くて、オドオドしちゃった。
『何故入ってきた。』
恐い顔のまま、また訊いてきた。
「お、お皿洗うの終わったからお風呂に行こうと思って、この部屋の前に来たらベルがなってトーイッシュの声が聞こえてきたから…帰ってきたのかな?って思って…。」
はぁ…。つまり仕事の内容は全て聞かれたのか。間の悪い時に…。
だが、これはいい機会なんじゃないのか?共に暮らしてるんだ。いずれ知られる事だろう。
ただ、早くなってしまっただけだ。それにどんな反応をされても出て行かせる訳にはいかない。
彼女が俺たちを見る目が変わってしまうだけだ。
『…仕方ない。聞かれたからには話してやる。俺たちの事を。』
恐い顔をやめて、いつもの顔に戻って話し出してくれた。ほっとしたよぉ。
後ろにあったイスを近づけて座った。
「以前、俺の仕事が何なのか、って訊いてきたよな。」
「うん。教えてくれるの?」
あんなにはぐらかしてたのに、結構早かったね。
『ああ…。その前に一つ言っておく。これを聞いたとしてもこれからの生活は変わらない。…いいか?』
今さらもったいぶっちゃうなんて、早く教えてよ。
「大丈夫だよ。それより、早く!」
俺は目を閉じ、ほんの少しだけ間をあけた。伝えなければならないことをまとめた。この娘が俺のような存在を知らないかもしれないからな。
目を再び開け、口を開いた。
「俺は人の命を奪うことを生業としている、殺し屋だ。犯罪である殺しをすることで、金をもらって生きている。俺は…悪魔なんだよ。」
悪魔。最も邪悪な印象を受けるものを、と思い、最後に付け足した。だが、事実、世界が…そして自分自身がまさにそう思っているのだ。
ここまで言えば彼女も解るだろう。そして、俺を恐れるんだろう。俺という存在を一字一句伝えることが、俺の責任だ。この道を選んだ…。
『へぇー。だから、あんなにキズだらけなんだ。』
俺が予想していた言葉とあまりにもかけ離れた返事に、目を疑った。彼女の顔は驚愕の表情を示すどころか、笑みをうかべている。まるでなぞなぞの答えがわかって満足している子どものように。
「俺の話を聞いていたのか?」
『うん。殺し屋でしょ。地位の高い人を狙ったりする。歴史とかに出て来たよ。人を殺す人。』
彼女は平然と答えた。…もしや、人の死というものを知らないのかもしれない。
『それに、人間って戦争とかでみんな殺し合ってるんだし、気にしないよ。』
「なんだって?」
この言葉には本当に驚かされた。それと同時に心の底から怒りがこみ上げてきた。俺が苦しんで苦しんで、それでも消えない苦しみを味わうほど、重みのある命。それほど重い命を軽くあしらう。許せなかった。認められなかった。
『ふざけるなよ。』
声を押し殺して狼さんが睨むように言ってきた。ほ、ホントの事言っただけなのに…。
『…わかった。お前に俺の仕事を見せてやる。いいな。』
「う、うん。」
そう返事をすると部屋から追い出された。なんで?間違った?人はいつか死んじゃうんだもん。殺されたって早くなるだけじゃない。
お月様に訊いてみたけど、黙ったまま私の方を向いてた。