第一七一話 祝い事の前
「昨日の仕事は上手くいったんだね。」
あからさまに昨日までとは違う雰囲気が、はっきりと私に教えてくれた。分かりやすい人だと、改めて思った。いいところだけど、せめて私にだけわかるくらいに隠せるようになって欲しい。今更遅いかな。
案の定、今口に入れたものでむせている。ガラスコップ一杯に入ったミルクを一気飲みして、どうにかなったみたい。
『やっぱりわかるか。』
ハハッ、と乾いた笑いが付いてきた。
「みんなわかるよ。」
そうか、とため息をついている。そんなに気を落とす事でもないけど、ジェイクには大きな問題なんだろう。みんなに心配をかけるわけだし、そう思うのは当然なんだけど、私たちにはその方が安心出来る。ジェイクが落ち込んでる時はちゃんと分かってあげられるんだから。
「仕事中じゃないなら、いいじゃない。」
笑ってそう言ったんだけど、そうもいかないらしい。困ったままの表情で首を横に振った。サラダに添えられたミニトマトを口に運んだ。トマト嫌いな人はすごく損してると思う。
『そんなことより、今日は大丈夫か?俺は夜まで戻れないと思うが。』
誤魔化した。顔が少しひきつっている。無理やり話を逸らしたのを気にしてるみたいだけど、それ以上何か言うつもりはなかった。気にしないで、っていってもあまり変わらないんだもの。それに、ファムの誕生日だ、っていう事の方が今は大事だしね。
「心配ないよ。今日はガンとスーエンが部活だけど、エルンとバンツが早く帰ってこれるらしいから。ファムにはカイの迎えに行ってもらって、エルンたちに家の事してもらうから。ケーキは私が取ってくる。ファムが帰ってくるまでに全部済ませる、ってことはできそうにないけどね。仕方ないよ。」
後は、ジェイクが帰ってくるだけ。そうすれば、みんなでお祝いができる。
『だから、ちゃんと帰ってきてね。』
階段の方からうれしそうな声が届いてきた。いつもより早くファムが起きて着ていた。少し裾の長いピンク色のパジャマを着て、目を擦りながらゆっくり下りてくる。
『ああ、わかってるよ。おはよう、ファム。誕生日おめ―』
「『シー!!』」
ジェイクが口を滑らしそうだったのを、私とファムが口に人差し指を添え、大きい声を出した。ジェイクは驚いた様だったが、すぐに分かったみたいだった。
『悪い。それは、みんな集まった夜に、だったな。』
私たちの約束。お祝いの言葉は、みんな集まって言うこと。フライングはダメ。だから、私も言わない。早く夜になって欲しい。ファムの純粋で温かい笑顔が早く見たい。今日は長い一日になりそうだ、そう心から感じた。