第一六八話 喪失 -裏-
この結果を相棒は許さないだろう。それでもしかたない。だからといって戻せるものではないのだから。電車の轟音に耐えながら、今後について考えた。身近なことから。戻れば何を言われるだろうか。彼女にも聞かれるだろう。どう答えればいいのだろうか。友は敵だった。本当にそう言うのか?
いや、止めよう。考えをそらすのは。今後について考えなければ。どう、生きていくか、だ。キースはもうあの技術−どう呼べばいいかわからず、ずっとそう呼んできたが−は手の届かない所にある、と言っていた。あの言い方からすると、俺のみに当てはまる、というわけではないようだ。誰であろうと、もう触れられない、そういう言い方だった。ならば、もう追う必要はないのではないか?昔の生活に未練がない、というと嘘だが、戻りたいわけでもない。もうわかっている。戻れた所で馴染めるはずがないのだ。
電車の勢いが落ちた。乗り込んだ駅に着いたようだ。近くの廃墟にバイクを置いてある。目と鼻の先だ。
一度眠ろう。考えるのは明日でも構わない。
『…お疲れぇ〜。』
唐突に無線が入った。気の抜けた声が届く。相棒だ。どうやら寝ていたようだ。
「ああ、よくわかったな。」
もう寝ているだろうと、報告は明日にするつもりだった。だからもう無線を使わないだろうと考えていた。つまり、俺は相棒にまだ終わった事を告げていなかった。
なにか嫌な予感がする。
『ん?だって流れてるよぉ?』
欠伸を噛み殺しながらなんとか言い切る。何が流れているんだ?自然と歩みが速くなっていく。唾を飲み込む音が妙に大きく聞こえた。
「何の話だ?」
少し声を張り上げてしまった。その声に、こちらが理解していないのを汲み取ったのか、眠気を帯びた声に少し力が入った。
『なんだ、ワンコがやったんじゃないのぉ?ちょっと関心したのにぃ。』
関心した、だなんて言葉を聞いた状況で、今まで一度として皮肉以外に思えた事はなかった。いつの間にか、走り出していた。少しでも早く帰りたかった。何が起こったのか。
『だからさぁ、お亡くなりの事さぁ。』
ぴたり、と足が進む事を止めた。反動で上半身が前に傾いたが、なんとか立て直した。
「死んだ?どうして?」
キースが死んだ。そういわれて、ただただ聞く事しかできなかった。月明かりという微かな光に浮かび上がる廊下に声が響いた。どうやってここまできたのか覚えていない。
『あ。なんだ、自殺なのかぁ。ホントにワンコじゃないんだぁ。』
自殺?キースが?俺と会った後にか?死にたがっていた。確かにそうとしか取れない態度をしていたが…。だが、しかし…。
まともに思考などできなかった。最近こんなことばかりだ。何も考えたくなかった。無線の声はまだ何か聞こえていたが、生返事を返して聞き流した。いつの間にかバイクに跨がり、ハンドルを握っていた。かと思えばもう地下の蒼い光が視界を支配していた。バイクを下り、部屋に着けば、モニターにはキースが死んだという知らせで塞がれていた。
それを見ても、相棒の悪い癖だと、自分をごまかしていた。
飲み込めたのは一度眠りについてからだった。