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第一六七話 自分で決めたこと -裏-

キース-

シンは動揺していることを必死に隠そうとしていたが、手に取るように分かった。顔はずいぶん変わったが、分かりやすいところは本当に相変わらずだ。気に入ってる点の一つなんだがな。目の前で刀を抜き、構えているものの、その刃を俺に振り下ろしてくれはしないだろう。俺自身中途半端だったのは言うまでもない。人に殺されるような演技なんてした事ない。そもそも、そんなことしてうまくいった奴がどれだけいるか…。


案の定、力無く刀を下げる。


「殺さないのか?」


殺してくれないのか?


『もうないのなら、お前を斬っても無意味だ。違うか?』


目はふせたまま、そう告げる。そういう考えになるのか、お前は。そんなところだろうとは思ったが。


「憎んできた相手だろ?人生を台なしにした。十分な理由だと思うが?」


答えは予想できていた。だからと言って、聞かない訳にもいかない。俺はそんな聞き分けのいい人間じゃない。


『必要のない殺しはしない。』


「なんだよそれ。プロの殺し屋の心意気かなんかか?」


『ポリシーさ。』


笑いが漏れる。懐かしい。何度か昔みたいに馬鹿言い合ってる。それが懐かしくて、笑いが漏れる。もう戻れないんだ。あの時から望んでいた事なのに。


『それに、お前を殺したら、二人はまた夫であり父である男を失うことになる。そんなこと、俺が出来るわけないだろ。』


ちゃんと頭は回っているようだ。それならいいさ。それだけで俺は満足だ。下げた刀を鞘に戻し、床に落とした仮面を拾い上げ、面影の残る顔に被せる。きっと俺しか感じないだろうが。


「帰るのか?」


『ああ、もう用は済んだ。』


「そうか。気をつけて帰れよ。外のは止めといてやるから。」


友人が近くに着たから寄り、近況を話し合い、昔話を引っ張り出し、見送る。そんな当然の関係のように錯覚してしまう。別にいいか、今は。


『助かるよ。』


緩んだ声が返ってきた。シンも同じらしい。気持ちが少し高まった。


「じゃあな。」


振り返る背に向けて投げた。返事の代わりに片手を上げ、別れの挨拶を返してくれた。


扉が閉まるまで一時も目を反らさず見送った。閉まる音が通り過ぎても何もない扉を見つづけた。溜息を漏らし、区切りを付ける。まだ使い慣れてはいないデスクについた。部屋の隅にあるコーヒーメーカーが目に止まり、ああ、コーヒーぐらい出してやればよかったと、今更ながら後悔した。また溜息が漏れた。やれやれ、俺はいつのまにそんなに老け込んだんだ?自分で言った事であるが、傷ついた。


“コンコンコン”


今度の客は礼儀正しいな。いや、これが普通か。少し疲れたが、察されないように声を張って扉の向こうに呼びかけた。


「入ってくれ。」


すぐに扉の向こうにいる人物は扉を開け、顔を合わせたくはない人物が中に足を進めてきた。とは言え、誰かは大体検討がついていた。表情をほとんど変えず、生気を感じ無い男。気味が悪くて好きになれない。なる必要もないことが唯一の救いだ。


『感動の再会は楽しめましたか?』


真顔で言う言葉ではない。嫌味な顔でもしてくれたらまだ可愛げがあるのにな。扉から二、三歩歩みを進めたところで立ち止まった。背筋がピンと張り、表情からは感情を感じない。


「そう言う様に指示されたのか?でなけりゃ、思ってもないこと聞くんじゃねぇよ。」


『失礼いたしました。』


謝罪の言葉と共に、腰を折る。その態度もまた、俺の調子を狂わせる。それでも俺はすべきことをするために、デスクの引き出しを開ける。手探りでその中から必要なものを探す。


「お前がここに来たってことは、そこまで来てるのか。案外早かったな。もう少しかかるもんだと思っていたが。」


手に固く冷たい鉄の感触を感じた。鉄の塊を引き寄せ、手に握る。


『はい。もうご理解いただけていると思いますが、主人は―』


「言わなくてもいいさ。お前らの考えどおりにしてやるか。」


今日は何度も言葉を遮ってるな。これでも人の話は最後までよく聞くほうなんだが。あまり気分のいいものじゃないな。右手につかんだ鉄の塊を眉間に構える。レバーを下ろし、引き金に指を添える。


『ご自分で逝かれても同じことです。』


動揺も何も無い。この部屋に入ってから、眉一つ変化ないであろうその顔。最後に見る顔がこれだなんて、俺は不幸だな。いや、自業自得か。


「主人に伝えとけ、ヤジ。死ぬ時くらい自分で決めてやった、と。」


シン。悪いな。俺は先に舞台を下りる。本当はお前の手で下ろしてもらいたかったが、やっぱり無理だったな。でも、安心したよ。お前のままでいてくれて。あの二人なら大丈夫さ。お前が思ってるよりも強い女たちだ。


息を吸い、目を閉じ、そして、引き金に添えた指に力を込めた。

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