第一六六話 決めるべきこと -裏-
改めて見ると二ヶ月も止まっていたようですね。次は一か月以内には投稿致します。また読んで頂けると幸いです。
すでに復讐を遂げていた。キースはそう告げた。彼女とあった四日前、その日に始末したあの年老いた男。あの男が俺の人生を変えた人間の一人だと。衝撃だった。だが、不思議とそれ以上何も感じなかった。不思議でもないのかも知れない。そうも考えた。ここでまだのうのうと生きている者の名が挙げられていれば、それこそ憎悪やらなんやらがふつふつと漏れでていただろう。すでに死んでいる、その上俺自身が手をかけていた。
「信用していいのか?」
だが、いくら親友の言葉とはいえ、それが真実だと鵜呑みにはできない。確かに、あの男の財力はかなりのものであり、候補の一つとしてはあった。
『安心しろ。本当の事さ。まぁ、ちゃんとした証拠はないが、な。』
言葉のみを信じろ、そうしか言わない。言えないのだろうか。しかし、知らなければならないことがある。それが証拠にもなるはずであるのに。
「…俺の身体をこんな風にした技術はどうなった?」
少し声が上がりかけたが、ごまかしながら言い切った。俺は元に戻ることが目的なのだ。期待した返事はあまりにあっさりとしたものだった。
『なくなった。』
「なくなった?そんな事ですむわけ−」
俺の言葉を遮ってキースは答える。声はずいぶん冷たいものとなっている。口調は変わらず親しげなものだが、少し恐ろしさを受けた。
『表現なんてなんでもいいさ。消えた。返った。戻った。どんな答え方をしたところで、もう手の届かない物になったよ。』
「手の届かないとは、つまり、どこかにはあるんだな?」
キースの言い方がいまいち飲み込めないが、元の持ち主の持っていた技術は奪われてしまったということなのだと受け取った。今どこにあるのか、それがわかればどこにだっていく。キースは少し呆れてようにして返した。何度もいってるだろう、そんな顔だ。声にまで疲れが見られる。
『あるべき場所。』
「いい加減にしてくれ。ハッキリ言ってくれ。誰が持っていったのか。今どこにあるのか?」
ため息を漏らしながら、ソファから立ち上がって部屋を歩き始めた。いつの間にか突き立てていた刀は再び鞘に閉まっていた。
『真面目に答えてるよ。シンだってわかってるんだろ?そんな身体造れる技術は今の世の中にあるものとは格が違うってくらい。人類の進歩の産物、なんてまともなものとは違うんだ。普通じゃない。言いたいことわかるか?持ち主がいなくなって放置されていいものじゃない。』
ガラス張りになった壁を背にこちらを向く。後ろの窓には緑がかった黒いキャンバスにいくつもの光の点が輝いている。キースが現実離れした話をしているせいか、窓の向こうに見える景色のせいなのか、妙に神秘的に感じた。俺もソファから立ち上がった。
「なんだ?未来から持ち込まれたもの、だなんて言わないだろうな?」
皮肉が言いたかったわけではない。だが、要領を得ない会話に少し嫌気がさしたんだ。クククッ、と俺が言った言葉に反応を示したが、別段面白かったわけではないことくらいは分かっている。
『誰かが持ってきたものだ、ってのは正しい。誰か知らないけどな。お前が殺った…おい、そんな顔すんなよ。あの社長はそれを試した。で、死んだから、あの技術はもうない。』
これ以上は情報がないということなのだろうか。これでは結局振り出しではないか。復讐する相手は分かったが…。
『空ってなんだろうな。』
少しうつむいていたためか、キースがいつ窓のほうを向いたのか気がつかなかった。月を眺めているようだ。当の月は薄いエメラルド色の光をまとっている。
「あ?」
間抜けな声が出た。突飛な質問をされれば当然だろう。質問の内容すら忘れたくらいだ。
『空だよ。ドームの中のあの青い天井。』
ドームの天井のことか。だが、それが言ったいどうしたのか。
「話をそら−」
『星は?ドームの夜空に光あれ。太陽もだ。ドームの中を照らしてる光源。』
またしても、俺の返事を遮り、訳の分からない質問をしてくる。一体なんだ。突然脈絡のない話を持ち掛けてきた。かといって気が狂ってしまったようには見えない。むしろ不自然な程力がはいっている。無邪気に子どもが尋ねてくるような事を、だ。
『俺が言えるのはそんな所だ。』
月を見ていたキースは、こちらに向き変えると、一歩ずつ近づいていく。
『さっ、後はお前がどうするか、だ。』
手の平をこちらに向け、抵抗する意志がない、と
『見つかった以上、無駄に足掻くのは好きじゃない。さっさと殺ってくれ。』
俺の目を見据えたまま、待っている。俺が引き金を引くか、刃を振り下ろすのを。“早く殺れよ。望んでたんだろ?”そう目から訴えられている。
刀に手を伸ばし、掴む。少し震えているのがわかる。理由は簡単だ。迷っているんだ。ただ、手掛かりが掴めればいい。それだけだった。犯人を見つけ、判決を下す事など、まだ期待していなかった。犯人が親友だと考えた事などない。
刀を抜き、キースを前に構える。少しでも震えを抑えるために、強く握る。
「…俺たちは、元に戻れないのか?」
目からの訴えは消えた。何を伝えようとしているのか、よくわからないが、疑問の色をしている。
『戻れない。』
自然と溜息が漏れた。