第一五一話 空飛ぶ車―表―
結局、式の間に騒ぎが起こる事はなかった。まぁ、考えていた事だけどな。
告別式会場は広く、逃走経路も多いが、長時間いるのだから警備もしっかりついてくる。利口な奴が動く状況とはとても言えるものじゃない。…訳わからん奴もいるが。
危険なのはこれからだ。移動は車を使う。そう長くはない距離だが、人数が分散する上、特定の場所にいる以上に相手の位置が特定しにくい。かなり不利だ。
対策としては、三台同じ車を使う撹乱をとっている。こちらの戦力を分散することになるが、襲う側にとっても同じ事だ。向こうがチップを使って位置を特定して来ないかぎり。そんな事が出来る人間は片手ほどしかいないらしいが。
この車には社長を入れて五人乗っている。俺とバンが社長を挟んで後ろに、運転席と助手席にガードが二人。他の車も同じような人員だ。それぞれの車がとる経路も予め決めてある。
移動時を狙われた場合、逃げ道が多い。浮いてるんだからそうだよな。車の通行可能なエリアは定められてるが、いざとなれば無視すればいい。それに、全方位囲まれるだなんて、そう簡単なことじゃない。
ただ、逃げ道が多いっつっても、その分、逃げ切れやすいか、と言うとそうでもない。浮いているて、決められたエリアがあると言っても光で縁取られているだけ。だから逃げやすいんだが、同時に追いかけやすい、とも言えるわけだ。要は長期戦になり易いというわけだ。なり易いだけで、なるのとは違うがな。
光と光が交差する場所。交差点のコッチ側が赤に変わった。前の車に続いて、ゆっくりと停車した。まだ距離としては半分も来ていないが、遅れはない。主要道路であるこの幅広い道は、時間の割には少し混雑している。前後左右に車がついている。動きづらいが、今のところ、後をつけられている様子はないから問題ないだろう。
『妹の事、どう思いますか?』
「え?」
不意にかけられた言葉に、情けない声で返事を返してしまった。
『誘拐されたのに、なんの要求もない。もし今日要求が来なければ…。』
どう答えればいいかわからなかった。彼の表情はうつむいていてわからなかったが、声が少し震えていたように感じた。安心させる言葉を不用意にかける、なんて無責任な事はできない。だから、事実を語ることにした。
「今まで奴の手口で傷つけることはあっても、連れ去るようなことはありませんでした。傷つけるのも、必ずその場で手をかけています。そもそも妹さんは明らかにターゲットではなかった。冷徹な人間とともにいる、という危険な状態には変わりませんが、私は生きている思います。」
そう考えている。本心だ。多少誤魔化したとも言えなくもないが。
『人間―――――――』
社長は何かを言っていたようだが、その時に一瞬光りが目の前を縦に切っていったのに、気を取られていた。