第一五〇話 五の舞―表―
『只今より、故ライヴェント前社長の告別式を行います。』
開式の辞を述べ終えた女性が礼をして下がっていった。
告別式が始まるまで、何かされるような動きはなかった。式も予定通りに始められた。多少いざこざがあったものの、もう収まっていた。
俺とバンはアーサー社長を挟んで席についた。本当は親族の場所なのだが、護衛上すぐ手の届く位置にいたかった。そう社長に進言すると、案外すんなりと首を縦にふってくれた。
『父には親族が少ないんだ。だから、きっと私の周りは寂しくなるだろうから、いてくれると嬉しいよ。』
そういうものなのだろうか、と少し不思議に思ったんだが、式が近づいてきてわかった。前社長には息子のアーサー現社長、後は前社長の弟の息子のみだった。その息子はアーサーさんより一回り程上に見える。奥さんと子供が二人。確かに少し寂しいかもしれない。
式の三十分ほど前だろうか、役員と思われる男たちがいざこざを起こした。席の配置に納得がいかなかったらしい。口で言い合う程度ですんだが、まだ両方とも不満があるように見える。秘書さんがいればなんとかなっていたのかもしれないな。
遺族代表として、アーサー社長の名が呼ばれた。俺が席を立ち、社長の座る車椅子を押して、位置を下げたマイクの前に運んだ。
代表として述べている間、全体を見渡していた。会場にいる殆どは社長を見ている。幼い子どもは別だが。暗いのもあって、さすがに全てを把握しきれないが、少なくとも変な動きを見せる者はいないようだった。
式は順調に進んでいる。席に戻り、白い菊を添えるために、再び立ち上がる。今度はバンも立ち上がり、俺の分の花を持ってもらう。アーサー社長が自分の持つ花を供えると、俺とバンも後に続いて供えた。背を正し、一礼をする。それを終え、車椅子を再び押し、席に戻る。従兄夫婦と入れ違いに、立ち去って行く。他の人間たちもそれに続き、ゆっくりと列は進み、止まり、なくなっていく。水が流れ、塀にぶつかり、左右に分かれていくような光景を眺めていた。何も感じなかったわけじゃない。胸が痛むような気持ちがあったが、気にして警護の障害になってはいけないんだ。
長い時間をかけて小さな菊を持った集団は無くなった。進行係を務めている女性が前に出て、式を進めていく。式が順調に進んでいくごとに、少しずつ、何か気持ちの悪いものが溜まっていく。この後何か起こるかもしれないという不安は、どうもうまく処理できない。明るくして誤魔化したりしていた事もあったが、そうした時は失敗したから止めた。受け止めるしかないんだが…、嫌になるな。
遺影に目をやると、あの日の室内の光景を思い出した。その光景を消そうと視線をそらした。各人員からの応答も正常だ。このままなら式は静かに終りを迎えそうだ。