第一四九話 私の存在
「今日は仕事ないんじゃなかったの?」
早めの夕食を頼んできた狼さん。仕事かどうかわからなかったけど、他に知らないからね。
『仕事じゃない。昨日と同じだ。』
私の顔を見るのをやめて、自分の部屋に向かいながら言った。昨日と同じ、って事は手掛かりを追えてるんだ。良いことだ。なのに、嬉しそうな様子は全然なかった。かといって、落ち込んでる、とか、そんな感じもしない。ホント、ただ事実を言いました、って感じ。ちょっとノアを思い出した。あの部屋で聞いてた無機質な声。
「嬉しくないの?」
『さぁな。』
自分の部屋のドアを開けながら、すごく雑な答えを返してきた。内容と言い方、両方雑。全くこっちを見ないし。
『真相に近づけるかどうか知らないが、昔の友人に会う。』
「友人…。もしかして、屋上で話してたあの人?」
狼さんの奥さんが再婚したって言ってた相手の事を思い出した。部屋に入って行く狼さんを追いかけて、私も中に入った。少し迷ったけど。
『ああ。そいつだ。』
きちんと整ったベットに腰を下ろしながら、きっぱりと答えた。こっちを向いて座ってるから顔は見えてるんだけど、その表情がどんな感情なのか、さっぱりわからなかった。
「会うのは、嫌?」
『…。』
何も答えずに、側に立てかけていた刀を手に取って、黒く光る鞘から出して、刃を見つめていた。そういう事するって事は、つまり−
「その人を…殺すの?」
だから、そんな顔をするの?
『そうじゃない。必要になるかも知れない、だけだ。』
坦々と答えてたさっきまでと比べて、ほんの少し声が弱くなった気がする。
『手伝いたい、なんて言うな。』
「うん。」
目だけこっちを見ながら言われた。昨日のような感情がなかった、なんてことはない。だけど、結局私が出来るのは、あんな些細なことだけで、狼さんの手助けと言えるようなものじゃなかった。
『…それならいい。』
少しだけ間を空けて、私の顔から刀に目を戻した。一通り目を通した後、黒い鞘に刃をしまった。
「それじゃあ、料理作っておくね。できたら呼ぶから。」
何を話したらいいか解らなくなって、逃げ出すように出て行った。ドアを少し力をいれて閉めたせいで、閉まる音がうるさかった。
トボトボと廊下を歩きながら考えてた。私は何なんだろう、って。ここにいる必要なんてないんだろうか。狼さんの言うように、外に出て行った方がいいのかな。
いつの間にか、足が止まり、私は傷の入った木の床を見つめていた。
私はここにいらないの?
首を振って、また歩き出した。やめよう。こんなこと考えるの。今はできることをすればいいんだ。