第一四〇話 舞台裏二
『只今参りました。』
扉を叩く音に応えると、仕事を終えたヤジがいつもと寸分違わぬ表情で入ってきた。
「直接報告しなくても構わないのに。本当に律儀な男だな。」
『いえ。やはり、直接お伝えすべきですので。』
それを律儀だというのだ、この言葉は頭の中に抑えておいた。
「では、報告を聞こうか。」
報告と言っても、ほとんど計画通りであるだろうから、ほとんど聞くまでもないだろうな。手を組み、肘を机に乗せ、話を促した。
『はい。ご命令通り、トーマスの殺害、研究所の削除、データの奪取、滞りなく全て完了しました。』
「続けてくれ。」
事前に報告を要求していたのはこの後からだ。さきの内容は報告ですらない。
『作戦中に彼女の姿があったそうです。役目を担っていたと見て間違いありません。』
期待した通りだ。生きてその場にいた。あやつもまだまだ甘い人間と言う訳だ。
『…疑われてはおりませんか?』
ヤジが声のトーンのみを少し変えて聞く。鼻で笑った。
「傍観者たちにか?疑われる事などあるか。我々は彼らのために動いているじゃないか。警戒も怠っていない。問題ないさ。」
ヤジの心配もわからないでもない。少しでも疑いをもたれれば、奴らに徹底的に探られる。ボロを出すようなへまはしないが、要である今後動きが取りづらくなる。それは避けたい。ただ、私が言った事は事実だ。今回ヤジにしてもらった事はあくまでも彼らの意向に沿っただけだ。何か裏でした訳ではない。しなかっただけだ。
「心配するなら次だろう。次はあの人だからな。念入りに準備してきたが、万が一ということもありかねない。」
本格的にヤジに動いてもらうのはこの次。あの人には恩を仇で返すことになる訳なのだが、意外と何も感じないものだ。ただの通過点でしかないからだろうか。私自身が手を下す訳ではないからだろうか。本当はそうしたいのだが、この身体だ。本当に憎たらしく思う。
「もう下がってもいいぞ。また明日頼む。」
『わかりました。これで失礼します。』
深く一礼し、部屋を出て行った。ヤジの背がいつもより大きく感じた。普通は父親に感じる事だな。奇妙な気分だ。私もそろそろ部屋で休もう。