第一三四話 遺伝子学者
この話の中の遺伝子操作に関する話も私の空想の産物です。
作者はせいぜい高校生物までの知識しかないので、
大目に見ていただけると幸いです。
『目が覚めたら化け物だった、というのは確かなんだな?』
「ああ、そうだ。」
結局こうやって話す事になるのか。何をしてるんだ、俺は。ここに来た目的は俺の姿を見ておおよそ把握したらしい。『お前は戻りたい。私は調べたい。だから、協力しろ。』筋は通るが、彼女といい、この男といい、この姿を見て恐れる様を全く見せない。悩んでいた自分が…、いや、二人がおかしいのだ。俺じゃない。
『既に構成しきっている人の遺伝子を書き換えた、というのか。…素晴らしい、実に素晴らしい。』
他人事だからと、好きなように言うものだ。こっちにとってはいい迷惑だというのに。
「それでどうなんだ?戻せるのか?」
重用なのはそこなんだ。出来ないのなら、ここに用はない。
『さあなぁ。』
「…。」
はっきりとしない答え。
『まだ何もしてないんだ。当然だろう?それとも薬でも飲めばすぐ戻れるとでも?』
その通だ。ここまで時間に追われていたために、少し焦っていたようだ。落ち着け。ただ、気を緩めるな。
「そうじゃないが、ただ単にあんたの意見が聞きたかっただけだ。」
『私の意見、ねぇ。』
トーマス・デュナス。遺伝子学者であり、数年前からここの研究所に就いたらしい。『したいことをするにはここしかなかった。』そうだ。遺伝子操作。その中でも、亜種や新種を生み出す事を研究しているらしい。全て本人曰くだ。
『さっき言ったのが私の本心さ。こんな事例、初めてだからな。』
顎に手を当てたまま、続けて話し始めた。大学の講義を思い出した。
『私達が遺伝子操作する対象は基本的に受精卵だ。生物は細胞分裂によって身体を構築する。構成する細胞内の遺伝子は全て受精した際に決定されるからだ。元を変えれば後は勝手に広がる訳だ。口で言えば簡単だな。だが、お前は元は人間であり、なおかつ成人に達した後に遺伝子を操作され、完全にある生物として安定している。言ってしまえば、天と地程の差があるのだ。』
前置きが長かったが、できない、と言ってるようにしか思えない。
『しかし、だ。』
さっきよりも声が大きく、力強くなった。
『成功例が目の前にいて、研究に協力的である。二番煎じなのは癪だが、前進すれば構わない。』
随分演技がかっているが、本人はやる気なんだろう。こちらとしても協力的で助かるのだが、これでいいのだろうか?
遺伝子学について、詳しくはないが一般常識程度ならわきまえている。現在存在するものの亜種や新種を創る事は法で禁止されている。現在存在する生物、と言ってもその生物はほとんどが遺伝子情報を用いて復元されたものであり、遺伝子操作を用いられている。その時点で話が合わないようにも思うが、今の法ではそうなっている。この男は先も言っていたように亜種、新種を研究していた。違法な研究。だからこそ、ここにいる。納得だ。
「あんたたちの技術はどの程度のものなんだ?」
天と地ほど、男はそう言った。それはつまり、俺を研究対象にすることで俺をこんな身体にした連中の技術力に近い者たちが増えるということだ。実験を行う際には、人を用いられる事も必ずあるはずだ。そうなれば、俺の望まないことが起こる。元に戻る可能性を捨てて、協力すべきじゃないのかもしれない。
『これから協力してくれるんだものな。気になるか。隣の部屋に成果がある。ぜひ見てれ。』
自らの席についていた腰を上げ、隣の部屋に続くだろう扉に近づいた。扉の前に立ち、目に青い光が当てられる。網膜スキャンの扉がゆっくりと開いた。
『さぁ、入ってくれ、ここが私の―』
"ガッッッ"
重く、低い音がしたとともに目の前にいた男が一瞬で消えた。