第一三三話 二首-確保
目の前の分厚い扉が低い音を発しながら開いていく。無線からはうまくいった事を喜んでいるのか、相棒の笑い声が響いてくる。いつもは出来て当たり前、と言うように、笑ったりはしないんだが…。
研究室までの二枚の扉はほぼ同時に開く。走り出すタイミングとしては六割ほど開いてからだ。それまでは姿を隠しておく必要がある。早過ぎると気づかれて閉め出されるし、それ以上では、怪しまれ、閉められてしまう可能性が高い。早く中に入り確保したいが、今は耐えなければ。理由はいろいろあるが、切羽詰まっている問題があるのだ。
そろそろ半分程度になる。姿が見えないと、若干怪しく思いはじめるかもしれないが、まだだ。後少し。
まさに今、と言うところで扉が止まった。気取られたか。だが、もう十分開いている。扉を抜け、走り出した。扉を越えて向こうの扉を見たとき、まさに閉まりはじめた。隙間から俺を見て、ボタンを何度も叩いている男がいるのを確認した。あいつがターゲットか。
もっと早く走る事もできる。あの時−車を追い掛けた時のように、獣のように四つ足なら。だが、通路はいいが、扉の隙間を通るには不便な態勢な上、態勢を変えるのに多少だが、時間を無駄にすることになる。これがベストだ。
扉に徐々に近づいていくと、それに比例するようにターゲットの手の動きが遅くなっていき、扉が手の届く範囲に入ると、諦めたかのように完全に止まった。
今度は左肩を扉に擦った。右肩といい、傷を負った訳ではないが、とことん締まらないな。気にすることはないか。勢いを緩める事なく、男を押し倒した。
『なんだ?すぐに殺さんのか?』
少しも抵抗する様子はなく、抑えつけている俺を見ようともしない。それだけの事をしてきた、という事なんだろうか。どうやら当たりのようだ。
「お前に聞きたい事がある。」
『悪いが私が言える事など−』
「これを見ろ。」
マスクを外し、顔を晒した。金属探知機があるために、別のものを付けた訳だが、素材のためか、痒くて仕方なかった。やっと外せた。
男はゆっくりと首を捻り、こちらを見た。ある程度こちらを見ると、驚いたようで目を見開いた。
『これはこれは…。』
まさに目を丸くし、口を開けた驚嘆の表情。口にした言葉はちょっとした雑音でも掻き消されそうなか弱い音だった。
『その顔、いや身体全部本物か?ボディスーツとかの類ではないな?』
抵抗する様子もなく、姿を見せるためにも拘束を解いた。二、三度目線を上下させると若干表情を変え、目を輝かせている。その顔を見て察した。当たりであり、ハズレなんだ、と。
『当てが外れた、という顔をしているな。私にとってはこれほど素晴らしい来訪者はいないんだが。』
ああ、まさにそんな顔をしてるよ。わかりやすい男だ。シワがはいり、白髪も目立つようないい歳であろう男が、新しい玩具をもらった子供のように目を輝かせているのだから。
『是非話をさせてくれ。代わりと言ってはなんだが、何でも協力しよう。』
声を弾ましている。奇妙な気分だ。彼女に出会ったときに似ている。全く、変わった人間ばかりだ、と思うと溜め息が漏れた。