第一二六話 心-変化
薄汚れた分厚い鉄の扉を開けると、窓のある通路が伸びていた。つい昨日も来たはずなのに、随分久しく思える。
『そういえば、どういう所なのか教えてもらってないと思うんだけど…。』
準備をしにきた、だけでは物足りないらしい。まぁ、俺がその立場なら、同じように気になるだろうが…。
「服屋だと思えばいい。それ以上は着いてから考えればいい。」
事実、彼女に関係があるのはそれ位だ。後は護身用にスタンガンでも持たせる程度だろう。彼女も少しは納得したらしく、再度尋ねたりはしなかった。
『AC-3-68』と書かれた扉を開く。昨日と変わらず、部屋は機械だらけだ。一日で変わるはずもないか。
『なんだ、今日も来たのか、ワンコォ?繁盛して−んん?』
部屋に彼女が入るやいなや、彼女に目を向けた。そう言えば昨日、噂で聞いたとかで確かめようとしてきたんだった。
『ほぉ〜。この孃ちゃんが噂のかい?わざわざ顔見せに来てくれたのかい?孃ちゃん、名前は?』
『アルセラです。初めまして、おじ様。』
打ち合わせ通り、しかも自然に名乗った。上出来だ、が、なんだ、その返しは?そんな風に話しているのを聞いたことはないが…。
『お、おじ様!かぁー、いいとこのお嬢ちゃんなのかい!いい娘だねぇ。』
おじ様なんて言葉が似合う要素のない爺さんだ。初めて言われて照れながらも喜んでいる。
「彼女に合う、潜入用のスーツを頼む。」
もう少し爺さんを見てるのも面白いが、そんな事ばかりしている訳にはいかない。なにより、少し気持ちが悪い…。
『そうかい、そうかい。なら、奥に行ってくれるかい?うちの従業員がいるからそいつに言えば用意してくれるからね。』
『ありがとうございます。』
彼女は深々と礼をし、奥の部屋に続く扉を通って行った。改めて考えると、俺は彼女が相棒以外の他人と話している様子を知らない。案外、買い物に行ったときにそう話していたのかも知れない。
『おい、犬ッコロ。一体どういうこった?』
彼女がいなくなり、二人になると、爺さんは元に戻った。そうでないと困る。説明するのは骨が折れそうだ。適当にごまかすのが一番だろう。
「いろいろあるんだ。あまり詮索しないでくれ。」
そういった俺を見ながら、鼻で笑い、こう返してきた。
『別にどうでもいいが、誘拐したあんな小娘仕事に使うなんて、どんな神経してやがるんだ、と思っただけだ。』
そうだったな。仕事の内容を聞いてくるはずがなかったか。それに、爺さんの意見は最もだ。いくらこの機を逃さないため、とは言っても数日間前に連れ出した少女に頼るだなんて、有り得ない。
ただ、危険な目に合わせたくはなかった。否定していた理由はそれだけだった。よくよく考えてみるとおかしな話だ。なぜ、俺は仲間として彼女を見ているんだ?たった数日いるだけで、しかも、昨日俺達の正体を教えたばかりなのに、なんの疑いもなく仕事を任せた。もし、彼女が外部の人間と繋がっているとしたら、俺達の居場所から、かなりの情報を漏らされる。
考えなかった訳ではないはずだ。仕事がばれた時、始末すべきだ、という考えがどこかに浮かんでいた。あの時は…、そうだ、彼女の言葉に我を忘れたんだ。人の命を軽くみた事怒りを覚え、それ以外の考えが吹き飛んだ。その次に、彼女と話をしたのは昨日の深夜。考え方が変わっていたことに安堵し、胸を痛めた彼女に−その時の考えがはっきりわかる訳ではないが−俺自身がその答えを出すようになるまでを話したかったんだろう。
そんな風に接していたためだろうか、疑う意識などもうもっていなかった。ああやってこの件にも名乗り出してきたときも、その考えがなかった。だからなんだろうな。彼女の心配しかしなかったのは…。
ただ、これも今回だけだ。彼女が人殺しの仲間だ、と思われるようになる前に離れなければならない。この姿を捨てられなかったとしてもだ。姿を変えても人殺しは人殺しだ。離れるのが最善の選択だ。
『おお、いい感じだのう。』
考え込んでたためか、彼女が戻ってきた事に気づかなかった。全身を包む黒のスーツ。光を反射する素材ではないし、髪も黒に染めているため、暗い場所に完全に−肌の白さが若干気にはなるが−溶け込めそうだ。
「ああ。いい感じだ。後は…。」
潜入に必要な道具をそろえて、さっさと戻ろう。