第一二四話 備え
複雑な胸中が少しは纏まりつつあったのに、さらに混乱の色を帯びた。元に戻る事を望むと決意した直後にこれだ…。彼女の手を借りなければならない。俺の存在と掛け離れた、ただの華奢な少女。失敗するかどうかなど、どうでもいい。身を危険に晒す事が問題なのだ。人殺しのために傷を負うようなことはあってはならない。まして−
“コンコンコンッ”
『今、いい?』
「あ、ああ、入ってくれ。」
唐突な訪問に驚き、慌てて返事をした。何もおかしくない、むしろ当然であったのに…。
扉がゆっくりと開けられ、彼女の服がまず目に入った。そういえば、そんな服を着ていたのだ、と今頃思った。朝から見ていたはずなんだがな。見えていなかったのか…。色が目立つし、動きにくそうだ。後で着替えさせた方がいいな。
扉から見えた彼女の表情はどこか誇らしげに見えた。その表情にまた意志を揺らされる。つくづく自らの優柔不断さが嫌になる。
『どういう事をすればいいかはわかったんだけど、準備って何したらいいのかなぁ?』
大まかな作戦を決め、俺は自室に戻り準備を、彼女は残り相棒に詳しい作業内容を聞いていた。相棒はやはり最後まで面倒をみなかったようだ。
「まず、格好だな。もっと目立たず、動きやすいものがいい。髪の色も変えた方がいい。後、取り付ける機械があるのだから、鞄もあればいい。…あるか?」
自分で言いながら気づいたのだが、そんなものを持ってるはずがない。
『ジャージくらいならあるけど…。』
その程度だろうな。いや、それが普通なんだ。ただ、彼女は誰にも見つかることなく潜入しなければならないのだ。不十分であるのは言うまでもない。
時間はまだある。探しに行くとするか。
「なら、ついて来てくれ。買いに行こう。」
彼女の横を通り、先に部屋を出た。エレベーターのスイッチに手が触れたのと扉が閉まった音はほぼ同時だった。
『買いに、って外に?』
「少し特別な場所だ。」
まさか、彼女を連れて行くことになるとは。本当に未来なんてわからないものだ。目の前の扉が重い音を発てながら開いていく。中に入り、一番下の階のボタンを押す。そういえば一緒に下に下りるのは初めてなのか。
『入り口の所?』
「着いてから説明する。」
今その時間はない。少し足を使わなければならないからな。まさか、彼女を連れて行くことになるとは。本当に未来なんてわからないものだ。目の前の扉が重い音を発てながら開いていく。中に入り、一番下の階のボタンを押す。そういえば一緒に下に下りるのは彼女が最初を連れてきた日以来か。
『入り口の所?』
「着いてから説明する。」
今その時間はない。少し足を使わなければならないからな。扉が開き、小さな箱の中から下りると、薄明るい空間に出る。彼女を連れ、先にバイクに跨がる。
「被れ。」
仮面を被りながら、彼女にヘルメットを渡す。受け取るが、少し戸惑っているらしく、すぐに被ろうとしない。
『ねぇ…、狼さんが外に出たらまずいんじゃなかった?』
「そんな事か。着いたらわかるから、早く被れ。」
まだ腑に落ちない様子ではあるが、少しは動きが早くなり、俺の後ろに座った。それを確認し、エンジンを掛ける。独特の熱い音が冷たい空間に反響している。
「しっかり掴まれよ。」
少しだけ首を傾け、そう言うと、腹に腕を回すのを感じてから、バイクを走らせた。