第一一八話 消せない想い
『そんなことあったのによく傷口開かなかったものね。』
トーイッシュ・エイデンに会った後、俺たちは本部に一旦戻ってきた。報告やらなんやらしないといけないからな。で、エレベータで上がってるときにフローラに会っちまって、医務室まで引っ張り込まれたっていうとこだ。一応主治医みたいなもんだから、俺の体を気にしてくれる訳だ。
「頑丈なもんでな。」
包帯を取って斬られた傷口を診られた。言われてみりゃ、あんな動き回ったのによく開かなかったな。開いたとしても関係なかったろうが…。
フローラの言い方でわかると思うが、ある程度昨日の事を話した。もちろん、″オーディンの槍″の話はなしで、だ。幼なじみのターシェがケルベロスに襲われた。ほとんどそれくらい。
『…それで、あんたは大丈夫なの?』
新しい包帯を巻き直しながら、声を落としていった。
「それを今診てくれてんだろ?」
変な事を聞くもんだ。なんて、笑いながら答えた…んだが、直ぐさま真剣な口調で言い返された。
『茶化さない。心の方よ。』
ああ、そういう事か。
「大丈夫だよ。あいつと約束したし…。」
『ホントなんでしょうね?』
随分心配してくれるんだな。
「ああ。」
包帯を巻き終えて、机にもたれかかり、俺の目を見つめてくる。少しの間そうしていたが、納得したらしく、再び口を開いた。
『それならいいけど、あんまり心配かけさせないでよ。レインからのメール見たときは、また昔みたいになるかってヒヤヒヤしたんだから。』
なるほど、レインか。心配かけちまったな。
『帰ったら、ちゃんと安心させてあげなさいよ。』
「ああ。悪かったな。」
そう返すとはにかんだ笑顔をしながら返す。
『これが仕事だもの。そうそう、明日行けそうにないから、これ、ファムに渡してくれる?』
おもむろに取り出したそれは包装紙に包まれた小さな縦長の箱だった。ペンダントなんかが入ってそうな大きさだ。
「分かった。伝えとくよ。…邪魔して悪かったな。そろそろ行くよ。」
『また寄りなさいよ。』
返事は返さなかった。なんて返せばいいのか良くわからなかったんだ。″ああ。″と、正直それだけで良かったんだろう。ただ、それだとどうも逃げ道を作るようで嫌だった。心の整理は自分の事なのだから、自分だけの力で解決しないといけない。特にあいつらにこれ以上見せてはいけない。
平静を保とうとしても、心の根底に潜んでる感情を隠そうと必死になっているだけなんだ。ターシェを守れなかった絶望感、望まない形で復讐しろという憎悪。誓ったってすぐに消えるはずのない感情をどうにか押し殺そうとするが、どうしても消えない。″俺は奴を捕まえて、拉致された少女を救うんだ。″何度そう反芻しても、″奴を見つけ次第殺す。″という言葉に飲み込まれる。落ち着けよ。せめて、救い出すまで、それまで待てばいい。そろからなら…。何を考えてんだ、俺は…。
″ピリリリリッ″
メールだ。バンからか?結局、報告全部任せちまったな。悪い事をした、なんて考えながらメールを見る。それはバンではなく懐かしい人からのメールだった。