第一一七話 四の舞
随分機嫌が悪いようだ。昨日の事を引きずっているような感じではなかったようだが(もしそうなら電話にすらでない)、何かあったのだろうか?気にしても仕方ないか。使っても構わないなら、それでいい。相棒は言っている事がよく変わるから、勝手に使って愚痴を言われるとたまったものではない。
ディスクを取り出し、パソコンに入れる。機械が苦手とは言ったが、ディスク内のデータくらいは見られる。ディスクの中には画像が一つと文章が一つ。たったそれだけだった。
そういえば相棒が持ってきたのか聞きそびれた。まぁ、相棒以外いるはずないしな。構わないか。そんなことを考えながら、文章を開く。
開かれたページには簡潔に全てが書かれていた。
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獣の出生を紐解いた。
明日の午前三時に地図の場所に潜入せよ。
ただし、鍵、地図は全て頭に完璧に畳み込むべし。
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獣…俺だ。俺をこんな体にした奴らがとうとう見付かったのだ。あまりに唐突で、心が反応できない。それでも、ここに書かれた通りなら、間もなく元に戻れるに違いない。
『…狼にした人達が見つかったってこと?』
少し時間がかかって、内容を理解した彼女が疑問を残したまま声にした。確かに少しわかりにくい文だな。
「そう言う事らしい。」
肯定の答えを聞いて、表情が明るくなった。
『じゃあ、元に戻れるんだ!』
さっきとは対照的に声を張り上げて言う。自分の事のように喜んでいる。
「恐らくな…。」
『うれしくないの?』
彼女とは対照的に静かに答えた俺を不思議そうに見る。だが、何か悟ったのか、直ぐに表情に雲がかかった。
『戻っても、奥さんたちのところに帰れないから?』
改めて思うと彼女には本当に色々と話したものだ。望みを失って比較的早かったからなのかはよくわからなかったが、少なくとも誰かに俺を理解してもらいたかったから話した。そう言う事なんだろう。
「ああ、戻っても意味がない。そう思えてな…。」
思ったままを答えた。いや、答えられた。
『どうするの?行かないの?』
「…。」
どうするのか。これは任務ではなく、俺への報酬。選択権は俺にある。数日前ならば迷わず選んでいたものも、今更なんの意味があるのか…。俺の居場所はもうなくなったんだ。
『居場所がなくったっていいじゃない。』
静かにゆっくりと彼女は言う。何を意図しているのかさっぱりだ。だから、俺は俯いたまま聞き返した。
「どういう事だ?」
『また作ればいいってこと。』
「随分簡単に言うんだな。」
そんなものはいらない、とでも言い出すのかと思った。前例があったからな。それでも、酷な事を言ってくれる。そんな事ができれば誰も苦労はしない。
『だって、私にもできたんだもん。』
彼女の居場所…ここか?居場所なんて人さえいればできるが、俺や相棒が居場所と言えるのか?
『だから、きっと元に戻れば作れるよ。それに、そうじゃないと…。』
途中で彼女は言葉を切った。言わなくてもわかる。殺した人間たちがなんのために死んだかわからない。その通りだ。ここで元に戻らなければ、罪滅ぼしさえ出来ない。居場所がどうなるかはどうでもいい。だが、せめてそれだけはしなければ。少なくとも、今のままでは何もできない。
「…わかった。行く事にする。」
『うん。それがいいと思う。』
俺はモニターに向き直すと、残りの画像ファイルを開いた。