第一一四話 手がかり
『災難でしたね。』
「全くだよ。」
警察署を出て、近場のビル内の定食屋で遅目の昼飯をとることにした。バンに言われて腹減ったことに気づいた。それどころじゃなかったしなぁ。
「まさか、あの状況で引っ張られるとは思わなかったよ。誰のおかげで迅速に動けたと思ってんだか。」
『仕方ないッスよ。タイミング良すぎたんスし、先輩はその二人の顔を一番見た訳なんスから。』
その通りなんだけどな。でも、それがなけりゃ、何かしら掴めただろ、と思うと腹が立つ。…バンに当たっても仕方ないな。本題に入るか。
「…で、何か掴めたか?」
バンが軽く頷く。
『詳しくは場所を変えて話しますが、手掛かりはあったッス。』
さすがだよ。さっきの警官の態度から考えると、地位の高い知り合いがいる、ってとこなんだろうな。
「よし!じゃあさっさと食って探しに行こうぜ。」
飯を食い終わり、車へ向かった。車内でバンから話を聞いた。俺から話せる事がないのが癪だ。
「つまりは″オーディンの槍″はそいつのもんだった訳か。」
『そういう事になるんス。ただ、複製の後はなかったらしいッスし、セキュリティ自体当時よりもかなり厳重になったから、同じものでない可能性が高いッスね。』
誰かが新しく作ったもんだと考えた方がいいのか?
「にしても、また使われたら防ぎようがないんじゃないか?そんなもの。」
『そうでもないみたいッス。チップに一度侵入したら、印が付くらしくて、印の付いた者がもう一度侵入しようとすると、その時点で確保・特定が起こりらしくて…。よくわかんないッスけど、大丈夫らしいッス。』
苦笑いをしながら話す。誰かからとりあえず聞いた、って感じだな。
「なるほど。…で、手掛かりってのは、その爺さんなのか。」
捕まった時で六十代。今じゃ七十越えてるんだろうな。
『そうッス。ただ、今どうしてるかまでは聞けなかったんで、それは調べないと。』
「って事だ。ザイレイ、頼んだぜ。」
『わかった。』
通信機越しに返事を返したザイレイ。バンは一瞬固まった。顔には疑問の色しか浮かんでいない。
『え…?ザイレイさん、いつから聞いていたんですか?』
「『最初から。』」
何故かハモった。
『安心しろ。これほど重要な情報売りはしない。警察の重役に脅す程度だ。代わりに報酬分の手を貸す。』
脅す程度ね…。まぁ、これで当分ザイレイは働いてくれるだろうな。バンはあんまり納得してないみたいだが。
「心配すんな。情報屋は嘘は言わない。売らないっつったら、絶対売らないさ。」
『そうッスけど−』
『出たぞ。』
バンの声を遮り、少しノイズの混ざったザイレイの声が届いた。さすがに早いな。運転席と助手席の間に備え付けている小型のモニターに顔写真が映る。シワの多い年季の入った顔。丸い眼鏡の奥の目が細く、優しいおじいちゃんって感じだ。とてもあんな恐ろしいものを作ったなんて思えない。
『ロバート・アウディス。事件後、刑務所に入っていたが、その翌年に死んでいる。』
「『死んでる!?』」
あ、またハモった。今度はバンか。…じゃねぇ。
『ああ。どうやら刑務所に入る前にはすでに末期癌だったようだ。それで、獄中で病死扱い。』
おいおい。それが本当だと、また振り出しだぞ?
「本当に死んでるのか?」
『そこまでは調べようがない。カルテ、死亡診断書から見ると、死んでると考えるのが普通だろう。それほどの技術があるのだから、どこかで利用されてるとも考えられるが、そうだとしても、見つけ出すのはかなり難しいだろう。』
つまり、じいさんの線は無理ってことか…。うなだれた俺とは違い、バンは口に手をやり、何か考えているような仕種をしていた。
『だとしたら、もう一人の線を追いますか。』
もう一人?誰だそいつは。
『動機の事件が起こって、ロバートは娘夫婦の長男を引き取ったんス。今だと二十代になる男。名前はトーイッシュ・エイデン。側にいた彼なら、もしかしたら容疑者になり得る人間を知ってるかも知れないッス。』
なるほどな。まだ道はあるのか。
「ザイレイ、そいつが今どこにいるか−。」
『今やってる。』
さすが、よくわかってる。
『それと、気になる事があってですね、半年前の事件、実はその長男が第一発見者だったんスけど、事情聴取の時に言ったのがですね…。』
「ん?」
「″白い狼が殺した″、だったらしいんス。」