第一一二話 消えた生存者
やっとだな。病院のエレベータに乗り、目的の病室へ向かう。今まで警察から許可がおりなくて会えなかったが、やっと会える。ケルベロスの被害者に。
ただ、どうも気になる。バンは単身警察署に向かったみたいだが、どうするつもりなんだ?いや、俺が行ったところで何も変わらないし、あの自信なら考えがあるんだろうが、どうやって?…やめよう。任せてくれ、と言われたんだ。バンならどうにかするか。俺なんかよりよっぽどしっかりしてんだしな。
エレベータが止まった。着いたか。扉が開くと病院独特の真っ白な廊下が広がっていく。その道をただ真っ直ぐ進んで行く。一度前まできて追い返されたから、道は知っていた。迷うほど入り組んでもないけどな。
部屋に近づくと警官が二人立っていた。連中にとっても重要な情報源だからな。守っておきたい、つーより、手放したくないんだろうな。わかりやすい。
そもそも、警察関係者でもない俺が面会できるのも、奴と対峙して生き残った人間だからだしな。俺達が出会うことで新しい情報が見つかれば、なんて考えてるんだろう。もちろん、それに協力するんだが、あいつを捕まるのは俺だ。それは譲らない。譲るわけにはいかない。
「どうも。面会予定のジェイク・アーベェンです。」
軽く会釈をする。二人の警官は表情を全く変えずに返してくる。
『お待ちしていました。』
棒読み。特にリアクションする訳でもなく、淡々と話が続く。
『ご存知と思いますが、彼は半身を失っており、あの者に対するかなりの恐怖と憎悪を持っています。会話の内容によっては、容態が急変することもありえます。それをお忘れなく。』
そりゃそうだよな。自分の半身もっていった奴なんだ。そう思ってて当然だ。ただ、それでもあいつの話をしないといけない。酷かも知れないが許してくれよ。
『あと、会話の内容はこちらで全て記録させて頂きます。それも覚えていてください。』
さっきまで無表情で突っ立っていた、もう一人の警官が付け足す。別に聞かれても困ることなんて話さねぇよ。
「わかりました。」
たった一言だけの意識表情。それで十分だ。愛想ねぇしな。
俺が病室のドアを開けようと、取っ手を掴んだ。開こうと力をいれた瞬間だった。突然横から手が伸び、取っ手を抑えた。
『くれぐれも容態を崩させないように。』
小さく、ただし、強く言い放った。怪しい笑みを浮かべた表情に、悪寒が走った。気づいたときにはさっきまでの無表情のまま突っ立ったままだ。…気味悪い。さっさと聞くこと聞いて帰ろう。今度こそ、俺はドアを開けた。
ドアが開ききったのと同時に風が吹き抜けた。窓でも開けてんのか?特に気にすることなく、中へ進んでいく。ドアから見えないってことはベッドは左にあるみたいだ。中へさらに足を進め、視線は左によせる。半身失った人間か…。今まで会ったことのある人の中で一番酷い状態だ。表情には特に気をつけないとな。
ベッドが見えてきた。しっかりと心構えをしてまた一歩足を進めた。せいぜい四、五メートルの距離が随分長く感じた。もうすぐだ。
白いベッドには誰かが横になっている事を表す山が出来ていた。こいつが俺と同じ生き残りか…。半身を失ったおと…。
思考が一瞬止まった。おかしい。半身を失ってる人間のでかさじゃない。そもそも怪我人が頭から全身を隠すようにシーツを被るか?それに、窓は閉まっていた。
最悪な考えしか浮かばなかった。俺は答えを出すより早くシーツを掴み取った。
相変わらず悪い予感やら考えは当たる訳で、そこに人の姿はなかった。やられた。空を刺してる機器はまるでそこに人がいるかのように変わらず動いている。すぐに駆け出して部屋を出た。
「おい!あんたらちゃんと見張って…。」
さっきドアの横にいた二人を探したんだ。だが、最初にいた場所には誰もいない。どこに行きやがった。
″ドンドン″
左右どちらから探そうか、迷っていた時、部屋の中から物音がした。壁を叩くような音。振り返ると、入ってすぐのドアが揺れていた。トイレだと思うがなぜそんなところから音がするのか?不信に思いながらもドアを開ける。
『ん〜〜。』
拘束された男が二人。それからわかるのは…。
「…クソッタレ。」