第一一一話 追憶〜親父の背中〜
更新が不規則になってすいません。
文字数を見て頂いたら納得していただけるでしょうか?
バンの過去の話です。
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親父は義父だ。血の繋がった親父は俺が幼い時に死んだ。殉職。未亡人になったお袋は慰めてもらっていた親父の親友である義父と再婚した。俺が小学生の頃だった。義父は仕事熱心であり、子供の俺にとってはいてもいなくてもあまり変わらなかった。学校行事にはお袋しか来なかったし、遊んでもらった覚えはない。ただ、親父がそうだったように、警官だった義父に憧れがあったのだけは覚えている。それに一時塞ぎ込んでいたお袋がまた明るくなれたのだけでも良かった。
高校にまで上がり、俺は本格的に警察官を目指そうとしていた。男は背中で語る、なんていう訳じゃないが、親父や義父に触発されたのは多かれ少なかれあっただろな。ちょうどこの年、義父は署長の席についた。祝いの年のはずだったのに、すべてが狂い始めたのはここからだった。
それは突然だった。
梅雨の時期だった。バスケ部だから天気は関係ない。部活が終わり、ロッカー室で着替えていた時のことだ。携帯に着信があった。親父から…?そもそも、親父からの着信は初めてで、何か嫌な予感はしたが、電話に出た。
『母さんが捕まった。』
冷たく言い放たれたその一言は昨日聞いたかのようにはっきりと耳に残っている。俺は何を言っているのか理解できなかった。
雨が降り続いていたドームから出て、俺は親父の部下の人の車に乗せられ警察署に来ていた。警察署なんて何度も来たことがあるのだから、ここに来たところで未だに信じられなかった。母さんが人を殺したんだと…。
階を上がって行く。階段を上がりきったのと同時に、部屋から出てくるお袋が目に入った。
「お袋!」
『バン。心配しなくても大丈夫。』
お袋の声を聞いたのはこの時が最後だった。どこか影があったが、微笑んでいた。だから、少し安堵した。母さんがそんな事するはずない。きっと何かの間違いだ。親父だって分かってるはずだ。大丈夫だ。すぐになんていかないかもしれないけど、家に帰ってくるさ…。
俺は親父の所へ行った。話を聞ければもっと安心出来るだろうと思った。親父は全く表情を変えていなかった。いつもと変わらない難しい表情のままだった。どうして捕まったのか聞いてもほとんど答えてくれなかった。殺人事件の容疑者として身柄を確保している。誰を、とかは聞けなかった。その方が安心した。親父は事件の事をほとんど話さない。そりゃあ、普通は家族が捕まってるんだし、話せ!って感じなんだが、普段と違うことをされるとそっちの方が不安になる。俺に話す必要もないって考えれば心配するまでもない。捕まった、なんて言うからかなり動揺しちまった。あ〜あ、心配して損した。
俺は一階にまで下り、入り口付近に置かれていたソファに腰掛けた。親父の部下の人に手が空いたら家に送ってもらうことになった。自販で買ったジュースを飲みながら待っていた。持って来てた小説でも読んでたか…。推理物だったと思う。そうそう、あとちょっとで読み終わるとこで、主人公が犯人を追い詰めていたとこ。落ち着いたら思い出して鞄から出してた。
入り口が開いた音が聞こえて、条件反射で目を向けた。視界の端でなんか光ったらそっちを見ちまうとかそんなもん。そこにはなんか知らないが黒いスーツを着た、五、六人程度の集団。いや、まだ外に何人か居た。その集団は奥へ奥へと進んでいった。様子からして、地位の高そうな印象を受けた。何しに来たのかなんて知らないし、どうでも良かった。それよりも入れ替わりに部下の人が下りてきて、家へと帰った。いつもお袋が居るからたった一人で家に居るって新鮮だった。飯も適当に済ませてすぐに寝た。心配しすぎて疲れたんだろう。どうせこんなのも今日一日で終わりだろう。そう思うともったいなかったけど、眠気に負けた。
変化に気づいたのは次の日になってからだ。朝、目が覚めてテレビを見ながら朝飯を食っていた。いつもは時間ぎりぎりに起きて慌てて学校に行ってたんだが、案外誰もいないと早くおきるもんだな、なんて思いながらテレビを見ていた。そういや、親父昨日は帰ってきてなかったのか。最近だと、珍しいが特に気にはしなかった。
ニュースで報道された内容に全神経が奪われた。
お袋が…殺人犯で捕まった??
−今朝、エイル・ハルゼン容疑者が殺人の疑いで逮捕されました。昨日の午後三時頃、被害者のフィエロ・バーベラさんが死体で発見され、刺し傷が二十箇所以上あることから、怨恨によるものと判断し、警察は友人であるエイル容疑者を事情聴取。自白したことにより、逮捕に至った模様です。−
自白?そんな訳ないだろ!なんだよ、これは!
親父に連絡しても繋がらない。学校なんてどうでもいい。。警察署へ行こう!足はタクシーでもよべばいい。
警察署について全速力で親父のところへと向かった。エレベーターなんて待ってられない。階段を走って上っていった。部屋に着いた時にはもう喋れないほど息切れしていた。親父は署長室の椅子に座っていた。
「お、親父!どうなってんだよ!…ハァ、ハァ。」
『…ニュースを見たか。』
親父の表情は微動だにしなかった。ただ口だけが動いていた。
『お前が知った通りだ。それ以上でも、それ以下でも―』
「ふざけんな!!お袋がそんなことする訳ないだろ!親父だって分かってんだろ!なのに、…なんで。」
怒りと悲しみが同時に襲ってきて、頭が混乱している。とりあえず、今お袋はどうなってるのか、それだけでも聞かないと。
『証拠も出ている。それにすでにここにはいない。だから、どうしようもない。』
「なんだよ、それ!自分の妻が捕まったんだぞ!たったそれだけなのか!」
親父にぶつけても仕方なかっただろうが、そうするしかなかった。
『…』
「黙ってないで、何とか―」
『今はまずかったかな?後にしようか?』
後ろで突然声がした。誰か入ってきていた。どこか見覚えがあった。黒いスーツを着た黒のオールバックの男。そうだ、昨日、帰る前に入ってきた奴だ。
『いえ、構いません。バン、学校があるだろう。早く行きなさい。』
「でも、まだ―」
また怒鳴ろうとしたが、親父が指を二本、将棋を指すよう動きを見せた。…俺は黙って部屋を出た。頭の中はまだ怒りと悲しみでいっぱいだった。でも、あの動きを見たら、言うとおりにするように、って合図だった。ただし、言うとおりに、だ。
扉を閉め、外に出た。そこで終わり。エレベーターには戻らなかった。扉に耳を当て、中の話を聞いていた。
扉のせいなのか、声が小さいのか、ほとんど聞こえなかった。
その中で聞けたのが、"X-File"だった。
何度も出てきたし、微妙に親父が声を大きくしてくれたから聞き取れた。それ以外は音としてしか聞こえなかった。
あまり長居していたらまずい。俺はそこを離れた。
結局学校には行ったものの、ずっと奥上に居た。誰にも会いたくなかった。絶対何かしら訊かれるに違いないから。それに一人で考えたかった。"X-File"ってのは一体なんなのか。それがなんなのかはこの時は知らなかった。ただ、親父がそれを聞かせたかったんだから、お袋の話と何かしら関係があるんだ。親父からは何も言えなかったんだろう。"上がルールを守らずして、下が守るはずがない。"そういう人間だから、こんなときでもそれは変わらない。だから、俺が勝手に動く。その時のためのあの合図。数回しか使ってないけどな。
とは言っても、それだけで考えたって分かるはずない。検索でもしてみるか。暗い雲からポツポツと雨も降り出しだし、学校内のコンピュータ室に向かった。授業中で誰もいない室内であんまり慣れていないキーを打ち始めた。"X-File"で引っかかったものはほとんど映画のタイトル。こんなもんを親父たちが話してる訳ないよな…。何個も見ていったが、よさそうなのが見つからなくて諦めようと終わろうとしたとき、ある単語に目が止まった。"警察"。そうだよ、警察も一緒に検索にかければよかった。そのサイトに入って記事を読み進めた。
"警察には外部に公表されると社会的・政治的に混乱を招くような事件を公表せず、機密情報として闇に葬っている。それを通称"X-File"と呼んでいる。"
なんだよ、このマンガみたいなもんは。読み進めても妄想だとしか思えないようなもんしか書いていない。親父はこんなことを言いたかったのか?もしもこれが本当にあるとして、お袋となんか関係あるのか?隠された事件。中には別の犯人を出すなんてして隠したなんてのもあるらしい。冤罪じゃねぇか。そんなの、ありえな―
まさか、お袋…も。
だから、親父も手を出せない。だから、お袋が捕まった。だから、だから、だから、…。
すぐにでも親父に確認したかった。だが、もう一度警察署に行ったところでろくに話なんてできないだろう。せめて、家で話せば少しはマシだろ。帰ってくるまで待とう。
となると、もう学校になんていれない。昨日は帰って来なかったから、今日は早めに帰って来るかも知れない。今すぐにでも帰ろう。俺はコンピュータ室を出た。
帰る前に部長に練習を休む、と伝えた。理由は聞かれなかった。もう知られてたみたいで、“がんばれよ”、と声をかけてくれた。詮索されなかった事が一番ありがたった。なんたって、俺の方がよくわかってないんだから。
家へ走った。歩いたって十数分程度しかかからないような距離たから、走ればすぐだ。家に着いても親父がいなけりゃ、できることもなく、もどかしいだけだが、今はそうするしかない。帰ってこないときは…そんときはそんときだ。
家が見えてきた。いるかどうかわかんねぇ。今更になって、先に連絡いれときゃよかった。スピードは緩めず、玄関へ。親父の靴はあった。帰ってきてる!履いている靴を雑に脱ぎ散らかし、二階の親父の部屋めがけ、階段を駆け上がった。
「親父っーーー!!」
扉を開けるよりも先に叫んでいた。部屋には制服を脱ぎ、ラフな格好に着替えていた親父の後ろ姿。こんだけ大声出しながら部屋に入ったのに、こっちを振り返ることもなくベッドへ向かっている。
『ノックしろ。』
とか、よく言われた。この時も何もせずに扉を開けたが、俺の声が代わりになったのか知らないが、何も言われはしなかった。。むしろ無視。
「お袋の−」
『話はまた後にしてくれ。疲れた。』
予想外の返事だった。帰ったら話す、そんな感じだったじゃないか。…まぁ、徹夜明けなら当然と言えば当然なんだけどさ。これだと、俺だけが蚊帳の外じゃないか。
「じゃあ、一つだけ教えてくれよ。…X-Fileなんてホントにあるのか?」
『…。』
親父は何も返さなかった。それで十分だった。俺はすでにベッドに入り、頭しか見えない親父を少し見た後、静かに部屋を出た。
自分の部屋には行かず、バスルームへ直行した。全力で走ってきたから汗だくだし、他にできるような事もないから。考えるのにもいいだろ。
シャワーを浴びて、汗を流す。気持ちいい、なんて思えたのは最初だけ。すぐにまた考え込み、シャワーなんて気にならなくなった。親父の無言はYESの意味。X-Fileなんて本当にあるのかよ…。じゃあ、親父は上からの圧力でお袋のことに手を出せないのか?帰ってこなかったのは、どうにかして、お袋を助けようとしてたんだろうな。そりゃ、お袋はまだ殺人犯扱いだけど、今は休んでもらわないとな。親父が倒れたら、悔しいけど、俺にはなんにもできない…。
無意識に壁を叩いていた。結構力んでて、痛かった。
シャワーから上がり、リビングへ。
本当はテレビなんて見たくなかったが、お袋が今どうなってるのかは知る必要がある。批難は聞こえないことにしよう。そう思いながらテレビを見てたが、どこのニュース番組にもお袋の事件は出てこなかった。変だ。その日の朝ニュースになったのに、昼過ぎにはもう取り上げられないなんて。しかも、殺人だ。一局くらいはないとおかしい。
仕方なく、適当なニュース番組をつけたまま、何も考えずにテレビを眺めていた。そんなときだった。
一本の電話。親父はさすがに疲れて気づかないみたいだ。いつもなら、ちょっとした物音で起きるのにな。ソファから立ち上がり、受話器を取った。
「もしもし?」
『バン君?』
親父の部下の人だ。
「署長に繋がらないんだけどいるかい?」
「は、はい。」
『ならすぐに署に来てくれるよう言ってくれ。詳しくは署に着てから伝える、と。』
返事を返す前に切られた。かなり焦ってたみたいだけど、何があったんだ?まさか、お袋のことでなんかあったのか?
『…今の電話は?』
のそのそと親父が部屋から下りてきた。やっとの眠りを邪魔されて不機嫌だ、と顔に書いてあった。俺は部下の人に言われたことをそのまま伝えた。
「親父、俺も連れていってくれ!」
部屋に戻って着替えを始めた親父に頼んだ。
『ダメだ。』
即答。短く、強く否定された。それでも、置いていかれる、なんて訳にはいかない。
「お袋の件に関係なかったらすぐ帰る!家族なのに、俺だけ何も知らない、なんて嫌なんだよ。」
親父は黙って着替えを続けた。唐突にさっきの返事を返した。
『仕方ない。だが、口出しはするなよ。母さんの事を思うなら…。』
「わかった。」
案外すんなり通ったもんだった。いつもなら、一度親父が拒んだら、縦に首を振るなんてなかったのに…。そのときは、気づかなかったんだけどな。お袋のとこに行ける、何か分かる。ただ、それだけだった。
警察署に着いて最初に聞いた言葉に耳を疑った。信じられなかった。
お袋が自殺した。未遂だったが、意識のない重体。
「じ、自殺!?お袋が、そんな訳…。な、なんで自殺だなんて−」
親父の目に言葉を遮れた。いつもの目より威圧感を感じた。
『遺書が見つかったんです。署長とバン君宛ての。』
部下の人が親父に遺書を渡した。俺には見えないようにして読む。表情が強張っていくように思えた。
俺が言葉を発するよりも早く、親父はお袋の遺書を渡してくれた。
−貴方とバンへ
こんなことになってごめんなさい。二人には迷惑をかけてしまうから、私は消えてしまおうと思います。バンには二度も親を失う悲しさを与えてしまうけど、あなたは強いから、私が生きているよりは負担にならないと思う。貴方、バン、今まで愛してくれてありがとう。−
名前は書いてなかったけど、この字はお袋だ。…そんな訳ない。否定したかった。何度見ても、お袋の字にしか見えない。
「嘘だ…。」
それだけ搾り出すだけで精一杯だった。お袋はなんにもしてないのに、それでも捕まった自分が負担にならないように−ちがう、ちがう!考えたくない。お袋が死のうとしたなんて、考えたくない!
そこから記憶が少し飛ぶ。お袋の事でかなり衝撃受けたし、まともでいられるはずがなかった。そういう事なんだろうな。
気がついたときには病院の廊下にいた。
『着いたぞ、ここだ。』
着いた?どこに?
『…母さんの所だ。』
お袋…。そうだ!お袋は…。
やっと覚醒し始めた脳。まだ動きの鈍い俺よりも先に、親父が病室の扉を叩いた。ゆっくりと開いていく視界の中にお袋は映らず、カーテンで覆われた。中へ入っていく親父の背を追う。…少し小さくなってしまったような背を。
窓際に置かれたベッドにお袋は眠っていた。呼びかけたら起きてきそうな、そんな自然な感じだ。むしろ、俺達に心配かけさせたいから、寝てるふりしてるだけじゃないか?
「お袋、起きてくれ。俺、聞きたいことがあるんだ。」
声をかけても、ぴくりとも動かない。もう一度、声をかけようとしたところを親父に止められた。
『手首を切ったらしい。発見が早さと蘇生処置があったから一命を取り留めたが、心臓が止まっていたそうだ。それで…後遺症が残るかもしれない、と。』
いつもの威圧感はこれっぽっちもなかった。今思えば、親父もかなりショックだったんだな。自分のことでいっぱいいっぱいだった俺は気づけなかった。
「なんで…なんでだよ!」
俺の中の感情が…爆発した。
「親父、あんた偉いんだろ?なんで…なんでお袋を助けてくれなかったんだ!そうしたら、こんな事にならなかったのに!」
『私は…偉くなどない。』
「そんなのは聞きたくない!自分の首が飛ぶくらいの覚悟なら、こんな事にならずにすんだんだ!それに、もしかしたら、お袋、死んでたかも知れないんだ!今だって障害が残るかもしれないなんて…。」
許せなかった。憧れていた警察に裏切られ、信じていた男の背が嘘だと知った。結局、親父は自分が大事だったんだ。俺やお袋は二の次、いやもしかしたらどうでもいいんじゃないか。…何もかもが悪い方向にしか考えられなかった。理不尽だなんて考えてる余裕がなかった。自分だけがズタズタになったと思っていた。
『…すまない。』
「謝ったって仕方ないだろ!」
『落ち着いて、バン君。ここは病院だ。気持ちはわかるけど、抑えてくれ。』
部下の人にそう言われ、仕方なく怒鳴るのを止めた。それでも、抑えられる訳がなく、俺は病室、病院を出た。
どれだけ時間が経ったのかよくわからない。中も外も真っ暗だ。伸ばした手でなんとか明かりを点けた。明るくなった部屋が、目に入った。
ぐちゃぐちゃ。まさにそんな言葉があてはまる。泥棒にでも入られたようだ。…そんな訳ないか。
帰ってきて、抑える必要がなくなり、俺は暴れた。部屋中のものに当たり散らした。元の位置にあるものが一つもないようにするくらい…。
そりゃそうだろ?お袋はすぐに目を覚ますんだとしても、障害がないんだとしても、警察のせいでそこまで追い詰められた傷は残る。もう二度と同じ事をしないなんて言えないだろ?
ものに当たるしか出来ず、虚しくなるだけで、ベッドに倒れるように横になった。怒りが鎮まると、急に哀しさが込み上げてきた。俺達を裏切られ、お袋をあんな目にあわせた警察。そんな警察に今更なりたいなんて思えなかった。
「親父…俺、どうしたらいいんだろ…。」
いつもは机の上に置いていた親父の写真。暴れた部屋だと、ベッドの上に乗っていた。俺が幼い頃に殉職した親父。一番憧れた背中。親父は通り魔を追っていて、襲われそうになった人を庇って刺された。
今思うと親父らしい最後だったと思う。義父から聞いた話ばっかだったけど、それだけで親父がどんな人間だったのかわかった。情に熱くて、仲間思い。誰かを守るためなら命だってかけられる。そんな人間。
俺が憧れたのはその男の背中だ。それだけは変わらない。だったら、何も警官になる必要なんてない。
安直かもしれないが、俺がボディーガードになるのを決めたのはこの時だった。二つ上の先輩がボディーガードになったから、すぐに浮かんだのかもしれない。結構人気のある仕事だからなのかもしれない。少なくとも、警察から離れればそれでいいと思っていたから、十分だった。
お袋に話したら、なんて言うだろう。危険だからやめなさい、って否定されるだろうか。素敵じゃない、って応援してくれるだろうか。どっちでもいいから、早く話したい。まだ起きていないんだろうか。明日は学校に行こう。その帰りに、遠くなるけど、病院にまで行こう。
寝たせいか、暴れ回ったせいか、とにかく落ち着いてくると、頭がよく回るようになった。おかげで、こんな部屋を片付けようだなんて考えさえ浮かんだ。自分でしたこととはいえ、片付けても片付けてもなかなかよくならない部屋にかなり悩まされた。それでも、不思議と手は止まらなかった。
この日から親父とは全くといっていいほど、話をしなくなった。数日間は多少話したかもしれないが、お袋が一週間以上目を覚まさない状態が続くと、話しなんてしたくもなくなった。
高校を出て、すぐに先輩の下で働き始めた。その先輩を鍛えていたのが元No.2だった人だった。今は亡くなってしまったが、尊敬している一人だ。
そして、今にいたる。昔話はここまで。