第一〇八話 油絵の墓標
“チーン”
着いた。十二階…。この扉が開いたら、きっと違う光景が広がってるんだ。
…確かに違う光景だった。私は単純に“違う”って事を期待してたけど…、何か違う。しかも、違うっていうか…。
ボロボロ…。
埃は溜まり放題だし、クモの巣はいたるところにある。せっかく着たけどこの様子だと何かあるように思えない。探索するのを諦めて上に上がろうとしてボタンを押そうとした。
床をよく見たら所々埃がないところがある。誰かが歩いて行った…。そんな感じ。じゃあ、やっぱり何かあるのかもしれない。私が下りようとするのとほとんど同時に扉が閉じ始めた。
恐かった。閉まるよりも少しだけ早く、私は外に出た。危うくぺちゃんこになる所だった。…大袈裟かな。鼓動が早くなってる気がする。だからか知らないけれど、余計に奥が気になる。
埃が消えた足跡は奥へ奥へ続いていく。それを辿って恐る恐る進んでいく。やっぱり恐いのは変わらなくて、ゆっくりと進んでいくしかできない。それでも、戻ることは考えなかった。今でも好奇心が勝ってる訳で…。
突然、足跡が消えた。ちょうど、ドアの方へと入って行くようになっていた。ここに何かあるってことなんだと思う。他の部屋のドアより少しだけ汚れていないけど、それ以外は他と全然変わらない。中に何があるんだろう。鼓動は今までで一番早くなっている気がする。
呼吸を調え、ドアノブに手を伸ばす。ドアノブにも埃はついていなくて、誰かがこの部屋を使ってたのがわかる。よくよく考えたら誰かわかったんだろうけど、それは正直どうでもよかった。ただ、ここに私の知らない“何か”があって、それを見たい。ただ、それだけだった。
ドアを開けた。開いた時に嗅いだことのない臭いが鼻に入ってきた。臭くはないけど、強い臭い。油に近い。だけど、どことなく違う気がする。ドアを開けきり、中に入ってなんなのかはっきりした。
油絵。
絵の具やパレットが古い木の机に無造作に置かれている。その隣にはまだ陰だけのキャンパスが置かれていた。そこに描かれていた人物には見覚えがあった。
「この人…。」
『ターシェ・フィーメル。』
突然後ろから声がして、びっくりした。振り返ると、そこにいたのは狼さんだった。
『ゴミを捨てたらすぐに戻って来いと言ったはずだろ。しかも、頼によってここにくるとは…。』
ため息をもらして、頭をかいている。
「…ごめんなさい。」
狼さんの態度を見ていると、なんだか謝った方がいいように思えた。でも、説明しなかった狼さんも悪いじゃないか、と思うとせめてここが何かぐらい知りたくなった。
「それで、ここは何?なんであの人の絵なんて?」
『…ここは墓場だ。』
悲しそうな声で、狼さんは答えた。