第七十一話 勇者は納期を守れずに
「お~、お~、だいぶお体の調子も良さそうですなぁ」
「あぁ、うん。 お陰様でね。 いつも蜂蜜ありがとね」
「いぇいぇ、とんでもないですぞ。 ちなみに今日お持ちした蜂蜜はこだわりぬいた特上品ですじゃ。 上品で深みのある味をお楽しみくだされ」
何故だろう。 笑顔が嘘くさく感じる。
これはきっと何かあるな。
「ありがとう。 でも、それだけでわざわざ来ないよね。 いつもはお供の人が持って来ていたし。 本題は?」
回りくどいのは御免だった。
こっちとしては早くこの狸オヤジとおさらばしてマロンさんのいるリビングへ戻りたかったから。
「ハルト様。 さてはお忙しかったですかな?」
「あ~、うん、まぁね。 やっと外出許可も出たし今日は色々とやりたい事があってね」
「そうでしたか。 それではあまりお時間をとらせては申し訳ないので、本題に入りますじゃ」
「うん。 手短にね」
「早速ですがハルト様、今日は何日ですかな?」
「確か1月14日だよね?」
「そう、その通り! 14日ですぞ。 失礼ですが何かお忘れでは?」
え? 1月14日って何かあったっけ? ひょっとしてバレンタイン的なものがこの世界にもあるのかな?
横にいるノワさんの方をちらっと見るも、彼女も何かありましたか?といった表情を浮かべている。
「えーっと…何だっけ?」
「お~、お~、やはりお忘れじゃったか。 大変申し上げにくい事ですが、納品期日がもう3日も過ぎておるのじゃ」
「納品…。 あ…」
すっかりど忘れしていた。
メガポーションの納品日は毎月10日だったのだ。
「ごめんなさい。 すっかり忘れていたよ」
「やっぱりそうでしたか。 ハルト様がお忙しい時はシロップが持ってきてたのに、今月は音沙汰なしでしたからのぉ。 そんな事ではないかと思っておりましたのじゃ」
「ほんとごめんなさい。 今すぐ用意を…」
と言いながら【アイテムボックス】を覗くも、ギガポーションが1本も無かった。
あっ、しまった。
そう言えば『大通り襲撃事件』の際に惜しみなくばら撒いたんだ。 補充をする間もなく今日まで寝込んでいたからなぁ。
って、ヤバい。 急いで作らなきゃ。
「ちょっと待ってて」
ノワさんにカプレーゼの事を任せて、僕はリビングを避けながら急いで部屋に戻った。
家まで取り立てに来られてる状況をマロンさんに知られるわけにはいかないからね。
そして急いで【創造】の準備を始めたけど、必要な10種の薬草がほとんど残っていないのに気付いた。
最近は薬草の採取も全然やってなかったからなぁ。
参ったなぁ…。 50本どころか、今すぐ1本も用意できないぞ。
もう少し待ってもらうしかないか。
申し訳ない気持ちを前面に出しながら僕はカプレーゼの元に戻った。
「そうでしたかぁ。 まぁ、わしとしては待つのは構わないのじゃが… 大丈夫ですかな?」
「うん。 あと1週間程待ってもらえるときっちり50本揃える事できると思うから」
「おやおや、50本ですと?」
「え? 50本だよね?」
「すっとぼけてもらっては困りますぞ。 納期遅延分を入れてもらわねば。
既に3日遅れておりますので今日時点で109本。 さらに1週間後となると、そうですなぁ、ざっと689本ってところですなぁ」
「なっ!? ろっ、689本だって!!!! えぇぇぇぇぇぇ!!!!!」
馬鹿げてる本数に驚きの悲鳴をあげてしまう。
「ちょっ、ちょっ、ちょっとまって! どうしてそうなるんだよ! 契約は50本だったよね。 何その数!? 遅延したからっておかしくないか」
「いぇ、おかしい事はないですじゃ。 50本×1.3×1.3×1.3でざっと109本ですぞ。 遅延した場合は1日につき3割増しと契約書にもちゃーんと書いてあったはずですぞ」
「1日につき3割増しだって!!!!?」
僕は素早く【アイテムボックス】から契約書をとりだした。
「契約書にも、ほらここ。 50本って書いてあるじゃん」
「そうですなぁ。 確かに契約本数は50本。 でも果たしてそれだけですかな?」
憎たらしいほどのどや顔で僕にそう言い放つカプレーゼ。
って、この契約書には何かあるのか!?
物々交換も頻繁に行われているこの世界だからこそ、遅延の利率が商品の数にかかるという道理は理解できる。
ただ、その利率はあまりにもぼったくりすぎる。
ザっとではあるが一応契約書には目を通していた。 そこに利率に関する表記はなかったはずなんだ。
僕は慌てて1頁目から捲っていった。
そもそもこの契約書は100頁もある分厚いものだ。
ただポーションの契約事項は最初の数ページで、それ以降はカプレーゼの所で取り扱う商品・奴隷リスト等いわゆる広告だった。
だから契約事項の確認はすぐにできて… ほら、やっぱりそれらしき事はどこにも書いてないじゃん。
文句の一つでも言ってやろうとしたまさにその時だ。
「失礼します」
そう言って、今まで黙って状況を見ていたノワさんが僕の手からひょいと契約書をとりパラパラとめくり始めた。
ん。 待てよ。 確かノワさんは【書士の心得】スキル持ち。 そんなノワさんなら今の状況を正しく判断してくれるはずだ。
僕は期待を胸にノワさんがチェックし終えるのを待った。
そして彼女の口から出たのは、
「残念ですがハルト様は現時点で109本をお支払いする必要がございます」
意外すぎる一言だった。
「えぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
まさかの一言にまたしても悲鳴をあげてしまう。
「ノワさん! これのどこに書いてあるんですか!?」
「ハルト様。 もう一度、パラパラと捲ってみて下さい」
ノワさんの言っている意味が理解できずついつい反論してしまう。
「いや、じっくり見たんだって。 どこにも書いてないんですよ」
そんな僕にノワさんはパラパラと捲る仕草をする。
ほら私に続いて下さいと言わんばかりに無言でパラパラと。
僕は仕方なく契約書をパラパラしてみる。
ほら、やっぱりどこにも…
ん? “増”?
今、頁の隅に何か…。 再度捲る。
パラパラ、パラパラ…。
うん。 確実に書いてるね。
パラパラ、パラパラ、パラパラ、パラパラ…。
最初から捲るとそれはある文章になっていた。
“遅”“延”“は”“日”“に”“3”“割”“増”“し”“だ”“よ”
「なるほどね。“遅延は日に3割増しだよ”ね。 うん。 確かにしっかりと書いてありますね。
って、パラパラ漫画かよ!」
思わず契約書を叩きつけてしまう。
「何これ。 ふざけてるでしょ!!」
怒りを露にする僕を諭すようにノワさんが言う。
「落ち着いて下さい。 この契約書は正式な書式に則り作られています。 全国何処にでも通用するものですよ」
「なっ! こんなパラパラ漫画がまかり通るって言うんですか!?」
「パラパラ漫画というのが何を意味しているのか私にはわかりませんが、これは正式な契約書です。 ゆえに遅延も1日に3割つきます」
頭が真っ白になりそうだった。
「と言うか書式については常識です。 学生でも知っている事ですよ」
もうそれ以上言わないで。
そんな僕を見てほくそ笑む人物が約1名。
「どうですかな? ご納得いただけましたかな。」
勝ち誇った顔で髭を撫でているカプレーゼだった。
くぅ~。 暴利に文句の一つでも言いたいとこだけど、何も言えない。
仕方なく大きな独り言を漏らすのがやっとだ。
「ったく、誰だよ。 こんなふざけた書式を正式採用したのは」
だが、そんな八つ当たりのような独り言にも返事がすぐに来る。
「数代前の勇者様ですぞ。 いやぁ~、実に素晴らしい書式ですなぁ~」
勇者かよ! なんて余計な事を。 ってか、何考えてんの。
「ちなみに遅延が3か月続くと債務不履行により全財産没収となります。
もちろんそれには奴隷であるシロップも含まれますし、せっかく手に入れた国籍も失う事になります。
そしてハルト様ご自身も奴隷の身分へと落とされてしまいます」
シロップをそんな目に遭わせたらただじゃおかない!とでも言いたげな冷たい視線を向けるのはやめてください、ノワさん。
「勇者様が奴隷となると前代未聞の事ですなぁ。 きっと色んな意味で歴史に名をのこす勇者となりますぞ。 その際は是非わしの元へおいで下され。 一から調教させて頂きますぞ。 ヒッヒッヒ」
ってか、カプレーゼは何てことを言うんだ。
誰が奴隷になんてなるものか。
しかし、遅延を甘く見ていたのは事実だった。
う~、これは早急に何とかしないと不味いよなぁ…。
僕が頭を抱えていると、「ちょっと、何やってるのさ。 私とマロンを待たせて~」とタルトさんがひょっこり現れた。
すぐさまが落ちてた契約書を拾い上げ、ノワさんがタルトさんに事の成り行きを説明した。
「あーあ。 私は忠告したのになぁ~」
状況を理解したタルトさんがニヤニヤしながら言う。
「いやいやいや、そんな覚えないんですけど」
「えっ? 以前に私言ったわよね。
『見たところ契約内容も特段悪い所はないしね。 後はギガポーションのストックだけは絶やさないようにしときなさいよ。 債務不履行は絶対にダメだからね。 ヒサンよ~』(※第四十話より) 」
あぁ、そう言えば確かそんな事もあったような…。 うん、ありました。
「思い出しましたよ。 でもタルトさん。 あの時、契約書もチェックしてくれたのに遅延の利率について黙ってましたよね。 教えてくれても良かったのに」
「いや、忠告したって。 『ヒサンよ』 ってね」
「えぇ、えぇ、仰る通り悲惨な事になりましたよ。 たかが3日遅れただけでこのザマです。
でもどう考えても暴利でしょ。 日に3割増しなんて。 日3ですよ。 日3…」
はっ!?
まさか… そういう意味かぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?
タルトさんの言った『ヒサンよ』が『悲惨』ではなく『日3』の事を指していたと今気づいた。
「だ・か・ら、言ってるじゃん」
いたずらっ子のような表情で言うタルトさん。 本当にこの人は…。
まぁ、気づかなかったのは僕だし、僕も悪い…のか? いや、普通は気づかないよね。
う~ん、う~ん、と唸る僕の肩にタルトさんは優しく手を置いた。
「とりあえずさ、マロンも待ってる事だしこの場はお開きにするよ」
カプレーゼにはなるべく早く納品する事を約束した。
そして帰り際には『納品のご用意ができましたら、こちらをご利用下され』と移転結晶をくれた。
なんでも【イーストレーナ大陸】内で使用すれば即座にカプレーゼの元に商品が届くとか。
カプレーゼとしても僕との取引を終わりにしたくはないのだろう。
移転結晶は高価だが、この場は有難く受け取った。
一方、タルトさんとノワさんは協力を申し出てくれたがこれは身から出た錆なので丁重にお断りし、マロンさんにだけはくれぐれも内密にとお願いした。
せっかく有給をとってまで僕の買い物に付き合ってくれるんだ。
今日一日だけは納品の事を忘れて楽しみたい。
全くもって身勝手な話なんだけどね。
所持してある他の契約書をパラパラと捲りながら、この後の事を考えていた。